考えること
私は今、自分の頭で考えて結論を出さないといけない大事な決断が一つあるのですが、自分なりに考えて、人に相談して、でもってまた自分で考えなくちゃならない段になり、自分が「ちゃんと考えること」に慣れてないことに気づきました。
振り返ってみると、大事なことを「ちゃんと考えて」来なかった気がします。どこまで考えたら十分とか、時間も内容も尺度は無いのだけど、とにかく自分の人生の数々の選択で、のた打ち回るほど苦しんで答えを出したという記憶がありません。
常に痛みを避けるようにリスクが少ない道を選び、結果的に「ちゃんと考える」という必要性にそれほど迫られなかったように思います。しかし、加齢とともに気力も体力も衰えるし、景気は良くならないしで、「ちゃんと考えないで」年を重ねることで、近いうちに避けてたリスクが積み上がって襲ってくるような気がしてきました。
もう、年相応に物を考えて生きていかなくてはと思い始めています。
子供のころから自分の頭で考えて選択し、行動してきた人には、このミドルエイジの「ちゃんと考えます」宣言が驚きかもしれませんが、日本に私みたいな人は少なくない気がします。考えることって、習慣だから、それが迫られなくてもなんとなく大人になった人には努力しないとできないことなのです。
まぁ、ドリフトする人生もそれなりに楽しそうですが、私は大きなリスクとかに立ち向かう勇気がないので、考えることを選択したいと思っています。