短編アニメ集「TimeScapes」で感じるシンガポールの「懐かしさ」
先日の記事で、シンガポールを知る映画として「イロイロ ぬくもりの記憶」をお勧めしましたが、今回は短編アニメ集をご紹介したいと思います。
シンガポールのアニメーションスタジオRobot Playground MediaのErvin Han監督による「TimeScapes」という作品です。独立記念日前後のStarHub無料視聴期間にだらだらとCNNを流していたら、なぜかこの作品のトレーラーがやたらと流れてまして、ノスタルジックできれいな絵と心にそっと染みこむような音楽に惹かれ、StarHub GOで全編視聴しました。
Contents
作品の視聴方法
ネットで検索するといくつかの媒体で見られるようです。ですが、正式にはStarHub GOで配信しているもののようなので、StarHub GOのURLを張っておきます。
StarHub GO
https://www.starhubgo.com/tvShow?titleId=124898050&titleType=series
スマホでもPCでも見られるようですが、私のPCでは見られなかったので、スマホに専用アプリを入れて視聴しました。また、視聴にはStarHub IDが必要です。私は新規登録しました。あいにくStarHub GOは2017年8月末現在、シンガポールでしか視聴できないようです。
また、作品の関する情報はFacebookページがあります。
https://www.facebook.com/sgtimescapes/
5つの作品の感想
アンソロジーであるこの「TimeScapes」は5つの作品があります(今後増えるのかは不明)。どの作品にもシンガポールに実在する(もしくは過去に存在した)建物や風景が、多く登場します。
全編共通で私が好きな点は、背景画と音楽の美しさです。セリフは全くない、もしくはほとんどなく、絵と音楽だけで魅せる点にとても惹かれました。
以下、各作品のあらすじと感想を書いてみました。順番は、好きなものほど後にしています。
The Girl & The Cat
女の子と猫の不思議な出会いと冒険の物語。マレー系の女の子が主人公で、お母さんに連れてこられたパサマラ(pasar malam、ナイトマーケット)で迷子になり、そこで出会った猫と不思議な世界に迷い込みます。
パサマラの、楽しくてどこか不思議な空気感が描かれた作品でした。最初から最後までパサマラの雰囲気と、子どもが見るファンタジーな世界が貫かれていて、最後は自分が子どもの時に夢から覚めたような感覚を思い出しました。ちなみに猫の耳がカットされています。去勢された野良猫ってことでしょうか? 細かい描写だなぁと思いました。
Rain
ダウンタウンで突然の雨に降られた男女が、それぞれの家路に着くまでと、最後に不思議な出会いを果たす話。現在のシンガポールの中心部と、そこで働く若者を描いた作品です。
突然の強い雨に見舞われるのはシンガポールらしい風景です。加えて中心部に林立するスカイクレイパーと、その間を縫うようにある低層の建物との対比は、シンガポールの急激な近代化の象徴に見えます。この作品も時間が経てば「懐かしい」と感じる時代が来ると思うと不思議です。
Playgrounds
HDB(公団)の公園で知り合った二人がやがて結ばれ、子どもが生まれて成長し、その公園に見守られながら添い遂げるまでのお話。
シンガポールの古い公園を描いた作品でした。Dragon Playgroundという龍をデザインした遊具と、タイル張りの青いペリカンの遊具が登場します。見るからにノスタルジックなデザインのものなのですが、どうやら一定の年のシンガポーリアンには子どもの頃に遊んだ懐かしい遊具らしいです。ちょうど独立記念日近辺に放送されていた「懐かしのシンガポールの風景」みたいな番組でその映像を見ました。残念ながらペリカンの遊具は2012年12月に安全のために取り壊されてもう現存しないようです。
Little Red Bricks
ナショナルライブラリー(国立図書館)で出会った二人が、やがて結婚。二人が出会い、思い出を重ねたナショナルライブラリーは2004年に閉館・移転してしまったが、二人の思い出はいつまでもここにある、というお話。
あらすじがPlaygroundsとかぶりますが、こちらも実在の建物を中心に男女の出会いとその愛を描いた作品です。タイトルの「Little Red Bricks」とは旧図書館が赤レンガの建物であったことに由来します。というのも、現在シンガポールのナショナルライブラリーは近代的な高層ビルだからです。古い建物が壊され、新しい物に変えられていく寂しさを感じるストーリーでしたが、元の場所に残された赤レンガの門を再び訪れ、二人だけの思い出がそっと見えるラストシーンは、とても温かい気持ちになります。
The Violin
旅する音楽家が少年に置いていったバイオリンを中心に、シンガポールの戦前、戦中、そして現在を描いた作品。この作品は、バイオリンとバイオリンの旋律が主人公です。これといった筋はなく、バイオリンのメロディとともにシンガポールの過去から現在を描いた映像が淡々と流れます。
印象的だったのはやはり、日本によるシンガポールの占領でした。日本軍による粛清、暗黒時代、そして日本への原爆投下から終戦へという描写があり、日本人としては何とも言えない気持ちになります。もちろん、その後のこの国の発展までが描かれており、日本占領時代がすべてという作品ではありません。
この作品が一番好きな理由は音楽です。古くもなく、新しくもない、このバイオリンのメロディには、ただ聞いているだけで少し遠い時代に思いを馳せる気分に浸れます。強く感情に訴えすぎることのない歴史の描写の数々にも、好感がもてました。
「懐かしさ」と「アイデンティティ」
大変おこがましいのですが、52年というシンガポールの歴史は短く、まだまだその文化は深みにかけると思っていました。それが、この「TimeScapes」を見た時、異国のことにも関わらず私も懐かしさを味わい、この国の歴史や文化に少し馴染んだ気がしたのでした。
考えてみたら、1000年を超える歴史に深みや重みがあったとしても、1000年前のことに懐かしさを感じることはありません。一方で20年前、30年前のことには、今を生きる人にとって懐かしい時代であり、自分を育んだ時代と物たちには相応の意味があるということに気づいたわけです。
冒頭で紹介した作品のFacebookページには、作中の風景を懐かしむシンガポーリアンのコメントが寄せられていて、読んでいて興味深いです。さらに、シンガポールの人たちにとってはただ懐かしさを共有するだけのものではなく、アイデンティティを感じられる作品なのではと思いました。