映画「イロイロ ぬくもりの記憶(爸媽不在家 ILOILO)」で垣間見るシンガポールの中流家庭

   

以前から見たいと思っていたシンガポール映画「イロイロ ぬくもりの記憶」をネットで見ました。日本語版のトレーラー最後に私が好きな是枝監督のコメントが出てくるのですが、どうやらこの映画を撮ったアンソニー・チェン監督が是枝監督のファンだそうで、その関係で是枝監督がこの映画にコメントを寄せたようです(出典:映画.com)。以下はコメントの抜粋。

私たちはアンソニー・チェンによってシンガポールの人々の営みをリアルに知ることになる。

私がこの映画に期待したものがまさにこれ。映画を通じて、シンガポール人の生活のリアルを知りたいと思っていました。現在30代の監督自身の子ども時代をモデルにしているので、時代設定は98年ごろなのですが、それでもシンガポール人の生活を垣間見るには興味深い作品だったと思います。

以下、あらすじと感想です。ネタばれも書くので、気になる方はお読みにならないでください。ただ、この作品の良さは話の筋ではなくて映像や空気感なので、ネタばれ読んでも楽しめるだろうと思います。

あらすじ

主人公はやんちゃな少年ジャールー。家はHDB(公団)で、シンガポールのごく普通の中流家庭です。両親は共働きで、母は第二子を妊娠中。そんな家庭に28歳のフィリピン人住み込みメイドのテリーが雇われるところから物語は始まります。

ジャールーはなかなかの問題児で、テリーに意地悪するなど反発しまくり。しかし次第に二人は心を通わせていき、ジャールーはテリーに懐くようになります。母はそんな二人の姿に嫉妬し、テリーに辛く当たるようになります。

やがてシンガポールはアジア通貨危機の影響を受けて不況に陥り、母の会社では従業員の解雇が日常茶飯事となり、父も仕事を失います。さらに母は寂しさから自己啓発セミナーの詐欺に騙され、ジャールーの一家は経済的に行き詰まります。やむを得ずテリーを解雇することになり、ジャールーとテリーは引き離されます。

空港でテリーを見送り、車の中で涙を流すジャールー。

やがて母は出産を迎えます。病院の待合室でジャールーは父と二人、テリーがいつも聞いていた音楽に身をゆだねます。そして分娩室では、ジャールー一家を明るく照らすような小さな命が母から誕生し、物語は終わります。

感想

この映画、トレーラー見た時から好きな映画の予感はしていたのですが、ハズれませんでした。たぶん、是枝作品が好きな人にはフィットします。

音楽がほとんどなく、過剰な演出がほとんどないので、ドキュメンタリーのようです。時代設定が20年前だからなのか色使いもちょっと古臭い感じなのですが、それがノスタルジックでいいです。

予算の関係なのか不明ですが、出てくるシーン(風景)のパターンが少なく、単調な印象があります。しかしそこはこの作品においてあまり重要ではないと感じました。主な舞台は家と学校なんですが、物語の主軸が家族のことと、ジャールーの素行なので、そうなったのかもしれません。

ただ、そんな展開の中でもシンガポールの人たちの生活を垣間見るのに興味深かったのは以下のシーンです。

  • ラッキープラザ
  • 義母の誕生日祝い(一族で集まって食事)
  • お墓参り
  • 学校での公開ムチ打ち

ラッキープラザはシンガポールの目抜き通り、オーチャードにあるモールなんですが、フィリピン人メイドさんが集う場所として有名です。テリーがここを訪れ、やがてここで違法なバイトを始めます。メイドさん同士がうさわ話に花を咲かせるのですが、実際こうやって情報交換してるんだろうなぁと想像できました。

また、義母の誕生日会では一族が集まって食事をするシーンがあります。血縁、そして年上を大切にする中華系っぽいシーンでした。

お墓参りでは、一家が一緒に住んでいたおじいちゃんのお墓を訪れます。土地が貴重なシンガポールでは、墓地が次々と宅地に変えられており、TVドラマでもまるで郵便受けのような納骨堂?しか見たことがなかったのですが、この映画では日本の郊外で見るような野原の中にお墓がありました。もしかすると98年ごろの時代設定かもしれませんが……意外でした。

そして一番の衝撃は学校での公開ムチ打ち。ジャールーが学校で同級生をケガさせてしまい、ムチ打ちをされます。シンガポールにはもともと刑罰としてムチ打ちがあるし、主に中華系の家ではしつけでムチ打ちをするし、学校でもあるとは知っていましたが、映像で見ると衝撃です。。講堂に集められた子どもたちが学校のルールを復唱するなかで、壇上に連れ出され、生徒たちの前でムチ打ちを受けるのです。この映画で一番の恐怖シーンだったかもしれません……。

物語の中で印象的だったのは、母の苦悩でした。この映画、メイドさんと子どもが仲良くなってしまい、母がメイドさんに辛く当たるだけの映画だと勝手に思っていたのですが、そんな単純でもなく、母はかなり悩み苦しんでいるようでした。

自分が生んで育てた子どもとはいえ、ジャールーはかなりのやんちゃで扱いにくい子どもです。母はつい怒ったり、怒鳴ったりと、厳しいしつけをしてしまいがちだったのでしょう。ただでさえ不況で生活が厳しくなっていくのに、家庭ではジャールーの心が離れていき、テリーへと向かうのは本当に辛かったに違いありません。

自己啓発セミナーに騙されてお金を失い、それを夫に告白するシーンで見せるサッパリしたような表情に、見る方は希望を見い出せました。

ちなみに一緒に見た夫リサに感想を聞いたら、「お父さんのダメおやじっぷりがいいね!」と言っていたので、やはり男性は男性、女性は女性に感情移入しやすいのかもしれません。

リサの感想通り、お父さんはいい塩梅でダメ親父です。投資を失敗したり、仕事をクビになったり、タバコが辞められなかったり。ただ、人柄がよくて、家族思いでテリーにも優しい人として描かれていました。実際、中華系のご家庭は母が強いと聞きますし、このあたりもリアルにシンガポール人家庭が描かれていたのではと思います。

おすすめします

振り返ると、暗いストーリーでした。でも、ジャールーの無邪気な強さがそれを感じさせないし、ちょっととぼけた父の姿は時々笑いを誘います。最後、筋としては一家の経済状況は希望を見いだせないまま終わるのですが、母が分娩室で笑顔で生まれたばかりの子どもの頬に口づけするシーンには、お金がなくても明るい家族の未来を予兆するようなシーンで、ここだけ涙がハラハラと落ちてきました。

まとまりのない感想になってしまいましたが、シンガポールという国に関心がある方にはお勧めの映画です。住んでいても、外国人として見るこの国の風景は本当に限られたものなんだろうと改めて思いました。物語として楽しむのもいいですが、シンガポールを知る映画の一つとしてお勧めします。

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