Digital Graphic Diary




『地雷除去支援イベントに行きました。』

 >>>   -- 04/11/03-23:46..No.[191]  
    文化の日の今日。
渋谷の国連大学で開催されていた、地雷除去支援のカンファレンスに行ってきました。主催はJAHDS(ジャッズ:人道目的の地雷除去支援の会)というNPO団体です。ジャーナリストの田原総一朗さんの特別講演や、JAHDS理事でもある元駐米大使の柳井先生の地雷除去に関する基調講演、続いて実際に現地を視察した学生による発表を聞いてきました。(さらにその後JAHDS事務局長の冨田さんのお話があったのですが、途中で出てきてしまいました。ゴメンナサイ。)

田原総一朗さんの特別講演は地雷の話ではなく、世界情勢という大きなくくりでのお話でした。折りしもアメリカ大統領選挙の開票作業真っ只中の時だったので、お話には非常に臨場感があった上にわかりやすくて面白かった。あんまり講演会って好きじゃないのですが、この人の話ならまた聞きに行きたいと思いましたよー。

柳井先生のお話は地雷除去についての基本的なデータなどのお話。驚いたのが、日本が結構最近まで地雷を製造していたという事実。なんと、対人地雷禁止条約(オタワ条約)に署名する1997年まで日本で地雷が作られていたというのです。しかも、その条約にのっとって処理された地雷が2003年2月までに100万個。これで処理が完了したとのことですが、あまりに最近のことで驚きました。自分の無知さをさらけ出すのは恥ずかしいのですが、日本が軍事兵器(?)の製造をしていたこと自体にショック!うーん。非核三原則(核兵器を持たない、作らない、持ち込ませない)は知ってたけど・・・。地雷はつくってたのね・・・。

続く学生の発表は、9月に実際に現地(タイ、カンボジア)を視察してきた18名の学生によるプレゼンテーション。それぞれの思いが、素直に伝わってくるよい発表でした。この発表の中で興味深かったのは、バンコクのアジア工科大学の学生とのディスカッションのエピソード。地雷原が広がるタイの国境付近では日夜付近の住民が地雷の恐怖にさらされ、多数の犠牲者が出ているというのに、なんとバンコクの学生で「地雷」そのものを知らない、または興味が無い人がいるというのです。・・・同じ国での出来事だというのに。この温度差。おせっかいかもしれないけど、それはちょっと悲しい現実に見えました。

余計なことと思いながら、タイの友達CKにメッセンジャーで聞いてみました。そしたら彼女も「Landmine」という言葉自体なんのことかよくわかっていない様子。「It's a kind of bomb to kill people.」と書きましたが、それでもよくわからない、と言っているので、これは英語の単語の問題ではない。本当に知らないのではないかと。


・・・これまで特別地雷除去活動について興味を持ってきたわけではありませんが、今日は色々勉強になった上にいい刺激を受けた日となりました。なお、今日のカンファレンスや、学生の現地視察の様子については11/23(祝)の朝9時から、テレビ東京で放送されるそうです。また、JAHDSが来週11/9(火)にあのNHK「プロジェクトX」で紹介されるらしい。ご興味のあるかた要チェックです。 


※話は違いますが、タイの友達CKがとうとう先日バンクーバーからタイに帰国しました。「早くタイに遊びにおいでよ。」と言ってくれています。はい!行きますっ!行きたい!・・・いつ行けるかな・・・。





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