シンガポール生活(おでかけや食事)

本帰国前に行っておこう:発掘されたイギリス軍の地下司令室「バトル・ボックス(The Battle Box)」

緑の中にひっそりあるバトル・ボックス入口

シンガポール在住中に行っておいてよかったと思ったり、本帰国前に駆け込みで行った場所について紹介シリーズです。最終回は「バトル・ボックス(The Battle Box)」です。

パンフレット

パンフレット

最終回が戦争関連じゃなくてもよかったのになぁと思いつつ、帰国の2日前という本当に直前に滑り込みで行ったので、順番的に最後になってしまいました。

以前から興味があったし、もっと早くに行っていてもおかしくなかったのですが、夫リサが戦争系の施設が苦手でして、行こうと言っても付き合ってくれなかったのです。それが「もう最後だから」とお願いしたらようやく最後の最後に付き合ってくれました。

気持ち的に慌ただしい訪問になりましたが、行ってよかったと思えた施設だったので、ご紹介します。

バトル・ボックスがあるフォート・カニング・パークの歴史

バトル・ボックスは、シンガポールの中心部、フォート・カニング・パーク内にある戦争記念施設です。バトル・ボックスの説明の前に、このフォート・カニング・パークについて少しご紹介します。

フォート・カニング・パークに行く途中の有名な撮影スポットの階段(写真を撮ってる人がたくさんいました)

フォート・カニング・パークに行く途中の有名な撮影スポットの階段(写真を撮ってる人がたくさんいました)

この公園は、中心部にありながら広い面積を有する貴重な緑地です。標高約60mの小高い丘で、近くを通ると、豊かな緑を見上げるような道が続きます。住人の憩いの場としてだけでなく、イベントなども盛んに行われているシンガポールの国立公園の一つです。

フォートカニング駅(目の前がフォートカニング・パーク)

フォートカニング駅(目の前がフォートカニング・パーク)

このフォート・カニング・パークの歴史をざっと振り返るとこんな感じらしいです。出典はNLBの以下のサイトです。

Fort Canning Park
http://eresources.nlb.gov.sg/infopedia/articles/SIP_8_2004-12-10.html

1822年まではブキット・ララガン(「禁じられた丘」の意)として知られ、古代の王が埋葬されたと考えられていました。そんなこの丘の上に、この地を植民地としたイギリス人トーマス・ラッフルズと姉の家族のための住居が建てられ、その家が後にGovernment Houseという名称に改名されました。

さらに政府庁舎が完成すると、この地はGovernment HillまたはSingapore Hillと呼ばれるように。一方で、一時期は時の政治家Sir Samuel George BonhamにちなんでBukit Tuan Bonham (Sir Bonham’s Hill) とか、Bukit Bendera (Flag Hill)とも呼ばれました。

そのほか、1819~1865年にヨーロッパ人が埋葬されたり、植物園があったりもしました。

それが1859年、Government Houseは取り壊され、砦が作られることに。400人もの中国人苦力(クーリー)が動員され、1861年に砦が完成。 インドの総督Viscount Charles John Canning(1856~1862)にちなんで「フォート・カニング」と呼ばれるようになりました。

さらに砲台、病院などが設置されましたが、完成時にパール・ヒルの砦の方が高さがあったために、1907年に撤去されてしまい、国防に使われることはなくなってしまいました。

その後戦争を経たのちの1972年には公園として機能しており、1981年11月1日に首相リー・クワン・ユーによって果樹植えられ、フォート・カニング・パークに改名され、現在に至ります。

……以上なんですが、戦時中の細かい歴史の説明はすっぽり抜けています。バトル・ボックスの公式サイトには以下の記述がありました。

1926 – Malaya Command headquarters
With the construction of more forts along the southern coastline of Singapore, Fort Canning becomes redundant and is demolished in 1926. The British immediately replace it with new command headquarters and barracks. The headquarters are for Malaya Command, the army coordinating the defence of British Malaya and Singapore.

他のエリアにも砦ができたことで、1926年にフォート・カニングは砦としての役割を終え、イギリス軍が司令室を置いたとのことです(後述しますが、この建物は現在ホテルになっています)。ラッフルズによるイギリスの植民地支配の始まりから、ここは政治的な利用をされてきた場所であることはわかると思います。

なお、余談ですが、このフォート・カニング・パークはシンガポールのオカルトスポットの一つと聞いたことがあります。墓地として使われていたからでしょうか……。


バトル・ボックスの歴史

さて、続いてはバトル・ボックスについての説明です。出典はまたNLBのサイトを参考にいたしました。

Fort Canning Bunker (Battlebox)
http://eresources.nlb.gov.sg/infopedia/articles/SIP_858_2004-12-15.html

「バトル・ボックス」というのは現在の通称のようで、ここはフォート・カニング地下壕、マラヤ・コマンドセンターという場所でした。マラヤというのは当時のシンガポール含めたマレー半島エリアのことで、コマンドセンターは司令室。つまり、当時のマレーシアにおけるイギリス軍の軍事作戦を指揮していた場所です。

前述のように、1926年にすでに司令部が置かれていたのですが、戦争が進んできたためにイギリス軍は地下壕の建築を決定。1936年から1941年に建設されました。地下9mに20室以上の部屋には、暗号室、信号制御室、プロット室、銃操作室、発電などがありました。

1942年2月11日、日本軍の侵攻に備えて軍本部はシメイからこの地下壕に移されます。しかし、1942年2月15日にイギリス軍は日本軍へ降伏。それを決めたのもこの場所でした。※

日本軍に降伏する前日、イギリス軍は地下壕を一部屋を除いて取り払い、残された物は焼いてしまい、1988年2月23日までこの場所は放置されました。(なお、Wiki(The Battle Box)にはイギリス軍降伏後、この地下壕を日本軍が通信などで使用したという記述があります。)

1988年に発掘され、内部が整備された後、「バトル・ボックス」という戦争記念館としてオープンしました。

※イギリス軍が降伏文書に署名したのはここではなく、ブキティマの旧フォード工場です。バトル・ボックスと旧フォード工場は歴史の流れとして繋がる場所なので、両方行くのがお勧めです。
→「「Former Ford Factory(旧フォード工場)」→「Surviving the Japanese Occupation(日本の占領を生き延びる)」に行ってきました

バトル・ボックス・ツアーに参加

ご興味はわきましたでしょうか? このバトル・ボックス、見学にはツアーへの参加が必要です。料金や開催日など、最新の情報は公式サイトを参照ください。

The Battle Box
http://www.battlebox.com.sg

アクセスも上記サイトで詳しく説明がありますが、ドビー・ゴート駅から行くのがわかりやすいです。ダウンタウン線フォート・カニング駅もありますが、公園の反対側に位置していてどう行っていいのか分からず、私たちもドビー・ゴートから行きました。

バトル・ボックスの道順

バトル・ボックスの道順

また、バトル・ボックスおよびビジターセンターは丘の上でして、たどり着く前に急な階段があり、結構息が切れます。登り切ってぜーぜー言ってたら、ベンチに座ってたお年寄りたちが褒めてくれました(笑)。どうやら近くまで道路があるので、上までタクシーでも行けるみたいです。足腰に自信がない方々はお車でどうぞ……。

ツアーへの参加申し込みはビジターセンターで行います。申し込みと支払いを済ませた後、時間になったら再度このビジターセンターに集合し、ここでの説明からツアーが開始します。参加者はイギリス人が圧倒的に多く、その他アメリカ人、ドイツ人など欧米系の方が中心。アジア人はフィリピンの夫婦がいましたが、日本人は私たちだけでした。

この記事を執筆している時点でツアーは2種類あり、バトル・ボックス見学のみのもの(18ドル)と、フォート・カニング・ヒルの案内もセットになったもの(32ドル)があるようです。私たちが参加したのは前者でして、ビジターセンター→ホテル・フォート・カニング→バトル・ボックスの3か所を回りました。

なお、私の英語ヒアリングがかなり怪しいのに加え、バトル・ボックス内は写真撮影はおろかツアーはメモを取るのも禁止です。以下の内容はネットの情報を使いつつもあいまいな点があることご容赦ください。

まず、ビジターセンターで簡単なツアーの概要を聞いた後、バトル・ボックス入口手前の斜面で再び解説が入ります。ここはちょうどホテル・フォート・カニングという5つ星ホテルが見える場所です。

元軍事施設であるホテル・フォート・カニング

元軍事施設であるホテル・フォート・カニング

クラシカルな見た目が素敵なホテルですが、ホテルとしての開業は2010年。もともとは1926年にイギリス極東軍総司令部(the Administration Building of the British Far East Command HQ)として作られた建物でした。戦中、戦後は日本軍、再びイギリス軍、シンガポール軍、そして民間企業など、歴史とともに様々な所有者を経てきたようです。(参考:Wiki「Hotel Fort Canning」)

そしていよいよ地下9mのバトル・ボックスの中に入ります。恐らく使用されていた当時は緑で覆い、わかりづらくしていたと思われます。また、入口はここだけではなく、室内には別の出口に出るはしごもありました。

緑の中にひっそりあるバトル・ボックス入口

緑の中にひっそりあるバトル・ボックス入口

中は外に比べるとややひんやりとしています。空調・照明が整っているので見学に際しての不快感はありません。しかし、使用されていた当時は現在ほどの設備があったとは思えませんし、戦況の悪化に伴い人がどんどん増え、環境が悪くなっていったそうなので、この中での生活は本当に大変だったろうと思います。

内部には、当時のさまざまな機器や家具が設置され、さらに(結構リアルな)蝋人形がその場の雰囲気を再現しています。前述の通り、日本軍への降伏の前に、イギリス軍は内部の設備を取り払ったり、焼き払ったりしています。シンガポールはこの施設の整備に相当なお金をかけたようですが、実際よくできており、臨場感がありました。(参考:Fall of Singapore retold at WWII bunker at Battlebox museum

途中、ガイドがクイズを挟みます。面白かったのは「太平洋戦争の始まりをご存知ですか?」という質問。アメリカ人のツアー参加者がすかさず「パール・ハーバー!(真珠湾攻撃)」と答えましたが、これはアメリカの立場からの回答であり、シンガポールにおいては真珠湾攻撃の2時間前、日本陸軍によるマレー半島奇襲が太平洋戦争の始まりと捉えられているそうです(Wiki:マレー作戦)。

ツアーの構成もよかったです。迷路のような内部をあちこちまわりながらも、説明はきちんと時系列、ストーリーになっていました。ざっくり書くとこんな感じです。

  1. バトル・ボックスの設備概要
  2. 戦況の悪化(日本軍の侵攻)
  3. 日本軍への降伏を検討
  4. 日本軍への降伏
  5. 日本軍の占領→ミッドウェー海戦→日本軍戦況悪化→原爆投下→日本敗戦

イギリス軍の基地なので、ほぼイギリス軍目線での話です。そして日本軍への降伏以降、バトル・ボックス自体は日本の占領下におかれたため、最後の日本の敗戦までの話は展示された写真を説明するだけの補足のような感じになりました。

この日本軍への降伏は“Worst disaster and largest capitulation in British military history(「英国軍の歴史上最悪の惨事であり、最大の降伏」by チャーチル)”と呼ばれるような出来事であり、とにかくイギリス軍がどんどん日本軍に追い詰められていく様子が伝わってきました。

これは大半のイギリス人ツアー参加者にとっても、日本人である私たちにとっても息が詰まる展開であり、一体どういうリアクションをしてよいのか悩ましかったです。

そして、ミッドウェー海戦の話はアメリカ人や(日本に占領された)フィリピンの人にとって胸のすく展開だったかもしれませんが、最後の原爆投下の写真は日本人として、大変悲しくて複雑な気持ちになりました。

しかし、恐らく、どういう立場であっても、事実を知るということの大切さを強く感じました。

バトル・ボックス内部の見学が終わった後は、再びビジターセンターに戻ってきます。そこでガイドによる最後のクイズがあり、締めの挨拶があって解散となりました。このビジターセンターには戦争関連のややマニアックなグッズが売っているので、ツアー後に関心がわいたら書籍などを見てみるのもよさそうです。

ビジターセンターで売ってるグッズ

ビジターセンターで売ってるグッズ

なお、戦中は29部屋あったそうですが、恐らくツアーで全部の部屋は見てないと思います。近年発見された部屋もあるらしく、まだまだ発掘・整備が続いているようです。

バトル・ボックス見学はこんな人にお勧め

バトル・ボックス、シンガポールの戦争記念施設として、旧フォード工場とはまた違った良さがある場所でした。前者が割と説明的な場所であったのに比べ、バトル・ボックスは体験型に近い場所だったと思います。

そういった点で、生々しくはあるものの、分かりやすい施設ではあったので、シンガポールで何かを学んでおきたい、戦争について知っておきたい、と思っている方にはお勧めです。私自身、かなり勉強不足な状態での参加でしたが、シンガポールでの戦争についてぼんやりとしか持っていなかったイメージが、かなり鮮明になったと思います。文字面では分からないような、身に迫る感じは、実際にここを訪問しないと分からないと思います。イギリス軍視点でこの戦争を見るのも新鮮でした。

また、小さなお子様には少し怖いんじゃないかと思いますが、歴史についてある程度学んだ年齢のお子様にはとても勉強になる場所ではとも思います。(なお、子ども料金が7~12歳の設定なので、7歳未満はそもそも入場できないかもしれません。)個人的には修学旅行生なんかにはぜひ寄ってほしい場所だなと思いました。

パンフレット(イギリス軍降伏の写真)

パンフレット(イギリス軍降伏の写真)

さて、シンガポール「本帰国前に行っておこう」シリーズはこの後、まとめ記事を書いておしまいにいたします。

その他のシンガポールネタは、帰国準備から帰国までについてあと何本か書きたいと思っています。もう帰国してから3か月弱になりますが(失笑)、もう少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです。

本帰国前に行っておこう:ブキティマ自然保護区とマレー鉄道廃線跡レール・コリドー(鉄道回廊)

一部だけ残された線路跡

だいぶご無沙汰いたしました。年明けすぎから調子を崩してました。日本の冬は2回スキップしただけなのに、ここまで自分の耐寒性が落ちるとは思いませんでした。乾燥もきつい。。。そして1月中にシンガポールネタを終わらす、という年始の唯一の目標がいきなり達成の危機です(笑)。

年始は訪日旅行中の知り合いの知り合いのシンガポール人の方と話す機会があり、久しぶりにシンガポールの話ができて楽しかったです。客家系シンガポーリアンにも拘わらず、サンダーティーライスをご存知ないという衝撃のエピソードがありました。

さて、シンガポール在住中に行っておいてよかったと思ったり、本帰国前に駆け込みで行った場所について紹介シリーズです。第五弾は、「ブキティマ自然保護区とマレー鉄道廃線跡レール・コリドー」です。


シンガポール最高峰「ブキティマ・ヒル(Bukit Timah Hill)」があるブキティマ自然保護区

シンガポールに来たばかりで部屋探しをしてた時、何かの会話の流れで夫リサが「シンガポールのマウンテン」と言ったら、不動産屋さんに「シンガポールにマウンテン(山)は無い! ヒル(丘)だよ、ヒル!」と笑われたのが印象的でした。

マレー半島の先の小さな国、シンガポール。そう、山が無いんです。一番標高が高いのが丘で、それが今回紹介するブキティマ自然保護区の中にあるブキティマ・ヒルです。標高は163.63m。数字だけ聞いてもピンときませんが、東京の高尾山が599mですから、その3分の1未満と思うと、やはり丘なのかなぁ、という高さです。

そして、ここはその名の通り自然保護エリアです。豊かな熱帯雨林、そしてそこに生きる動植物が保護されています。シンガポールが独立するずっと前、19世紀の初めにはこのエリアが森林保護地区の一つとして選ばれ、政府系植物園により管理されてきたようです。そのおかげで20世紀に入っても他の地域のような森林伐採から逃れてきたそうです。

National Park Board: Bukit Timah Nature Reserve
https://www.nparks.gov.sg/gardens-parks-and-nature/parks-and-nature-reserves/bukit-timah-nature-reserve

シンガポールの国立公園はどこも緑が豊富なので、ここだけ特別な印象は持っていなかったのですが、以前ご紹介したスンゲイブロウと同様、ASEAN遺産公園にも指定されており、他にはない保護施策がされているのかもしれません。

→スンゲイブロウについて「美しい朝焼けと自然を独占! スンゲイブロウ湿地保護区で早朝ウォーキング

シンガポールの頂上(Bukit Timah Summit)に行ってみた

正直、それほど興味はなかったのですが、地元の知人たち(シンガポーリアン)がお別れの食事会を開いてくれたとき、公園の話になったのです。知人の一人から「僕が一番好きな公園はマウントフェーバー公園。次がブキティマ自然保護区なんだ。行った?」と聞かれました。

マウントフェーバー公園はちょうど、少し前に行った後でした。
→「高所恐怖症がマウントフェーバー公園に行った話

しかしブキティマ自然保護区には行ったことがない……と、急に気になり、週末に夫リサと二人で行ってみることにしたのです。

アクセスはバスを乗り継いで行きました。下記の地図のBukit Timah Road沿いのバス停で下車し、Hindhede Roadの中を入っていくと園内に入ります。最寄駅はダウンタウン線のビューティーワールドで、駅から歩いても行けそうに見えますが、試していないのでわかりません。

赤い□のバス停で降りました

赤い□のバス停で降りました

ちなみに地図を見ていただくと分かるのですが、入り口付近にはコンドミニアムが何棟か建っていて、人も住んでいます。車がないと不便な場所ですが、緑に囲まれて暮らしたい人たちには、自然にどっぷりつかれる場所なのかもしれませんね。連日サルの訪問を受けたりするようですが……。

バス停にいたサル

バス停にいたサル

道は全部で6つ、4つのウォーキングルートと、マウンテンバイク・トレイル、カンポン・トレイルがあります。4つのウォーキングルートはレベル(難易度)で選べます。後者の2つは見ていないので……どんな道かわかりません。私が体力に自信がないので、迷わず一番楽なルート1を進むことにしました。

園内のルートを説明した看板

園内のルートを説明した看板

園内は2016年に階段、遊歩道、柵などを整備したそうで、とても快適なウォーキングを楽しめます。まず、コンドの建物を横目に道なりに進むと、ビジターセンターがあります。ここはいろいろな展示や虎のレプリカなんかが見られるそうですが、私たちは覗かずそのまま突き進みました。

ブキティマ自然保護区ビジターセンター

ブキティマ自然保護区ビジターセンター

すると、ここからが一番楽なルートとはいえ、一番大変な道が続きます。勾配がきつめの坂が延々と続くのです。お散歩気分で来ると、痛い目を見ます。道が広いので休んでいても他の人を邪魔することがなかったのが救いでした。

ゆるそうに見えてキツイ坂

ゆるそうに見えてキツイ坂

そしてようやく坂が終わったと思ったら今度は階段です。見上げてうっ。。となるような階段ですが、これを上らないルートは遠回りの上り坂を上り続けることになるので、これが最短ルートのようでした。これまたきつくて、休み休み、そしてゲフゲフ言いながら上りました……。

階段を上り終えると突如視界が開け、広場のような場所に出てきます。
着きました! シンガポール最高峰 Bukit Timah Summit。

ブキティマ自然保護区の頂上付近

ブキティマ自然保護区の頂上付近

うーん。思っていたほどの感動は無い(笑)。
マウントフェーバー公園のように見晴らしがよくないので、「丘の上」感が拭えない感じでした。いや、丘の上なんですが……。

ブキティマ・サミット(頂上)!

ブキティマ・サミット(頂上)!

そして、想像以上にハードでした。スポーツウェアに身を包んだ人ばかりだったのも納得です。道が整備されているとはいえ、歩きやすい靴や服装で来た方がいいです。飲み物やタオルも忘れずに……。

上った感想ですが、知人が「マウントフェーバー公園が一番」と言った気持ちがわかりました。このブキティマ自然保護区、延々と森の木々の中を歩くことになり、眺望を楽しむ感じではありませんでした。それは頂上も同じで、高台にも関わらず木々に囲まれているため、マウントフェーバー公園のように遠くを見渡すことはできません。

森林浴や動植物を楽しむ目的ならうってつけなものの、高い場所から眺望を楽しむ場所ではないようでした。(すみません、他のルートを見ていないので言い切る不安がありますが。)

そして私たちはハードなウォーキングを成し遂げた達成感はありましたが、楽しめたかどうかは微妙な気持ちを抱えたまま、同じ道を戻ることになりました。

マレー鉄道廃線跡に侵入する

気分的になんとなく消化不良に終わったブキティマ自然保護区。疲れてはいたものの、夫リサも私もまっすぐ帰る気にはなれません。

そんな私たちが帰り道に目にしたのが、マレー鉄道廃線跡でした。

マレー鉄道は、マレーシアの鉄道です。ただ、シンガポールはもともとマレーシアから独立したという経緯があり、そのマレー鉄道の線路と駅がシンガポール国内にもあったのです。それがもろもろの権利問題などがあったらしく、大半の線路と駅が廃止になったのが2011年でした。

2011年……それほど昔じゃないんですよね……。でも私たちがシンガポールに来た2015年には国内ですでに、「懐かしの旧マレー鉄道」という存在になっていたのです。

現在線路は外され、当然電車も走っていないのですが、線路、駅舎、鉄橋などがところどころ残されており、さらに、廃線跡の一部がレール・コリドーという遊歩道として整備されています。

正式にどこからどこまでが出入りできる場所なのか、オフィシャルな情報は見つけられなかったのですが、近くまで行けば入れるか、歩けるかがわかると思います。私たちも、たまたまなんですが、ブキティマ自然保護区の入り口付近にこの鉄道跡に入れる場所を見つけ、半ばよじ登るような急な場所を上って入りました。

上ってすぐは鉄橋と線路跡がこんな風に残されていました。

一部だけ残された線路跡

一部だけ残された線路跡

線路跡を歩くなんて……スタンド・バイ・ミーですね。雰囲気はありますが、実際は歩きづらいので、一部楽しむ程度に残してもらうので十分でした(笑)。

私たちはこのまま北上していったのですが、道はこんな感じ。

マレー鉄道線路跡の遊歩道

マレー鉄道線路跡の遊歩道

道の左側は大通りで、車がガンガン走り、コンドミニアムがにょきにょきと建っているような場所なんですが、しっかり緑で覆われているため、まるで騒がしい場所にいることを感じさせません。ピースフル、という形容がぴったりくるような静かな道でした。

土曜日の午前にも関わらず人も少なく、道中はほぼ二人きりだったので、鼻歌歌ったり小躍りしながら歩きました。この日は曇り空でそれほど暑くもなく、平坦で楽だし、大変気持ちの良い緑の中の散歩になりました。

The Rail Mallでプラタを食べ、Hill View付近で道が途絶える

ブキティマ自然保護地区から北上すると、途中で鉄橋にさしかかり、そしてその右手にThe Rail Mallというモールが見えてきます。歩いてきた道からそのRail Mallまでは緩やかな坂が整備されていて、モールに立ち寄ることができるようになっていました。ちょうどお腹がすき始めたときだったので、吸い込まれるようにモールに向かっていきました。

The Rail Mallという小規模モール

The Rail Mallという小規模モール

このRail Mallは高層ビルが多いシンガポールでは珍しい平屋建てのようなこじんまりとしたモールで、店舗数も少ないです。食べたいものあるか不安だったのですが、リサがすぐにあるお店の前でフリーズしてました。なんと、プラタ専門店が……。

夫リサの好物プラタ屋さん

夫リサの好物プラタ屋さん

プラタ大好きな夫が他を選択するわけもなく、このお店に入りました。Springleaf Prata Placeというチェーン店で、入るのは初めて。プラタはもちもちで、期待を超える美味しさでした。思わずドーサも追加で注文したのですが、これまたパリパリで美味。「本帰国直前にこんな美味しいプラタ屋を見つけるとは……」とリサ、大変悔しがっておりました。それくらい美味しかったです。もっと早くに見つけられたらよかったのにね……。

美味しかった!

美味しかった!

プラタに後ろ髪をひかれながらRail Mallを後にし、元の道に戻ってもう少し歩きました。ちなみに、このRail Mallの前にある鉄橋がちょっとした観光スポットなのですが、実際に鉄橋を歩いて渡るのは非常に怖かったです。。高所恐怖症の方はご注意ください。

恐怖の鉄橋

恐怖の鉄橋

この先の道は、実はそれほど長くなかったです。というのも、この先にある鉄橋が完全に撤去されていて、そこで道が途絶えているのです。予備知識なしで歩いてきた私たちは、そんなことは知らないので、ただ前進のみ。

相変わらず人気がなく、すれ違う人もまばらでした。それた突然、本当に突然、左の草の茂みから、大量の白人のおばちゃん集団がゾロゾロと出てきたのです。かなり面をくらって二人で思わず噴き出しそうになった光景でした。このおばちゃんたち、一体どこから入ってきたの? と。

とりあえず「ハロー、ハロー」なんて親しげに挨拶を交わし、私たちと逆に南下していくおばちゃんたちの後姿を見送りました。

そして二人でおばちゃんたちが出てきた茂みを覗きに行ったところ、そこには細い下り坂が。そしてその先は道路に続いており、Hill View付近であることに気づきました。二人ともなんとなく、もういいか、という気分になっていたので、この坂を下りて私たちの散歩は終了。そして道に降りてから気づいたのですが、道の先は撤去された鉄橋があり、いずれにしてもそこから先には行けなかったようなのです。

推定2km超の緑の散歩を楽しみました。

雨が降らない涼しい日にお勧め

ブキティマ自然保護区とマレー鉄道廃線跡地。アッパー(北部)ブキティマ付近らしさを味わえる散歩になったかなと思います。どちらも、観光で行くにはエンターテイメント性に欠けるので、在住者のおでかけにお勧めかと思いました。シンガポールの最高峰に上った! というのもささやかな記念になるかと思います(笑)。

なお、マレー鉄道廃線跡の道は、舗装されていないし屋根もありません。雨の日は雨を避けるものがないうえに道がぬかるむらしく、大変悲惨だそうです。後日同じ道を走ったという知り合いとその話になり、その知人は途中で雨が降り出し、全身どろどろになったとか……。そして日差しも避けられないので、暑い時間や雨が心配な時は避けた方がよさそうです。

本帰国前に行っておこうシリーズ、次回は最終回です。

本帰国前に行っておこう:シンガポールでの日本人社会の歴史に触れる場所「日本人墓地公園」

シンガポールの日本人墓地公園入口

いよいよ大晦日ですね。このブログは書き溜めとか予約投稿とかしてないので、本記事はリアルに大晦日に執筆中です。シンガポールネタ、年を越すだろうなぁとは思ってましたが、やはり間に合わなかったですね……。体裁は気にせずマイペースに行きたいと思います。

さて、シンガポール在住中に行っておいてよかったと思ったり、本帰国前に駆け込みで行った場所について紹介シリーズです。第四弾は、「日本人墓地公園」です。

シンガポールの日本人墓地公園入口

シンガポールの日本人墓地公園入口

わりと軽い気持ちで行ってきたのですが、墓地ができた経緯、ここに眠る人たちのエピソード、そして日本と同じような墓石を目にして、思っていた以上に「シンガポールの日本人社会の歴史に触れる場所」であることを知りました。私なんぞはシンガポールに一時的に住んでいただけですが、こちらに永住を決めた人たちにとっては、より意味のある場所なのではと想像します。

行ったのはもう半年前になるので、思い出したり、調べたりしつつ書き進めたいと思います。


行ったことがある人は少ない? 行き方とそのエリアについて

いきなり言いがかりみたいなイントロですが、在住者でこの「日本人墓地公園」に行ったことがある人は意外と少ないのではないでしょうか。周囲で行ったことがあるという話をあまり聞きませんでした。

その理由は、行きづらい場所であること、お墓であることが挙げられるのではないかと思います。

まず場所ですが、シンガポールの北東ホウガン(Hougang)エリアにあります。地図を見ると最寄駅はコバン駅のように見えますが、適当なバスが見つけられず、セラングーン駅から行きました。

The Japanese Cemetery Park
825B Chuan Hoe Ave, Singapore 549853

記憶があいまいで恐縮なんですが、下記の地図の赤枠のバス停で降りて歩いて行ったと思います。バス停からは徒歩2,3分程度でした。

日本人墓地公園の場所

日本人墓地公園の場所

セラングーンは大きな駅ですが、中心部とは言えないし、観光スポットもないので、やはり来るとなると「わざわざ行く場所」になるかと思います。加えて駅からさらにバスに乗る必要があるので、行きづらい場所ではないでしょうか。

また、ここは墓地です。紛れもない「お墓」です。見て楽しむものがあるわけでもないし、食事やお茶を楽しむ場所もありません。ファミリーやマダム、もしくはカップルが、レジャー目的で来る場所ではないのは明らかです。

この道の先が公園入口

この道の先が公園入口

その2つの要素を考えると、在住者でここを訪れる人は意外と少ないのではと思います。

シンガポール日本人墓地の歴史

シンガポールの日本人墓地の歴史については、ネットでいくつも情報が出てくるので、簡単に書きます。

まず、公園入口の看板に書かれた沿革の要約です。

以前、シンガポールで死去した日本人の遺骨は、牛馬の遺骨場に埋められていました。当地で成功した二木多賀次郎が、そのことを悲しみ、所有するゴム林の一部を提供したことがこの日本人墓地の始まりです。1888年に二木多賀次郎、渋谷吟治、中川菊三の3名で、ここを日本人共有墓地として使用する申請をイギリスに行い、3年後に許可を得て、日本人墓地となりました。

上記の他、NLBのサイトの解説(→Japanese Cemetery Park)によれば、19世紀後半に日本から娼婦としてシンガポールに渡った「からゆきさん」と呼ばれる、貧しい農村の娘たちの埋葬のためだったとの記述もあります。実際、墓地の半分が彼女たちのお墓だったそうです。

その後、時代の変遷とともに「からゆきさん」は帰国していき、それ以外の当地で亡くなった日本人の埋葬地として使われていったそうです。

そして戦中・戦後は戦争関係者の墓地や記念碑が作られるようになりました。

なぜ墓地「公園」という名前なのか

ここは「日本人墓地」ではなく、現在は「日本人墓地公園(Japanese Cemetery Park)」という名前がついています。実際に行くまであまり意識しなかったのですが、この「公園」であることにも歴史がありました。

前述のような歴史を経た後、敗戦により一度接収されたものの、日本総領事館、そして当地の日本人会に管理が移されました。

しかし、土地不足のシンガポールは、国土開発の過程で多くの墓地の閉鎖・移転を行います。前述のNLBのサイトの解説によれば、日本人墓地も1973年時点で埋葬禁止令が出ています。それが1987年、とうとうシンガポール政府から墓地接収の告知があったのに対し、当時の大使が陳情したそうです。結果、リースによる墓地存続の許可が下り、さらに日本人会の記念事業として公園化したとのことでした。(→看板の解説より)

細かな交渉の過程などはわからないのですが、40を超えるシンガポールの墓地が整理されていく中で日本人の墓地が残されたというのは、いい意味でのシンガポールと日本の関係の深さを感じられる点だと思います。

でも、やはり「公園」ではなく「墓地」なんです

私は以前、この日本人墓地は、公園としてよく整備された明るい場所だという説明をどこかで読んだことがあります。確かに、ただ墓石が無機質にならぶだけの墓地ではありませんでした。立派な日本風の御堂が建っていたり、豊かな生垣や華やかなアーチがありました。公園らしく演出している雰囲気が十分にありました。

華やかなブーゲンビリアのアーチ

華やかなブーゲンビリアのアーチ

しかし、実際に行ってみたら「うーん、やはり墓地だね」というのが素直な感想です。行った日はお天気が悪く、シンガポールにしては珍しく一日暗くてじとじとした雨が降った日だったのです。それが余計に墓地らしさを演出してまして……正直薄気味悪さも感じたし、一人だったら怖くて全部見ずに帰っていたくらいでした。(幸い知人に付き合ってもらっていて二人でした。)

ただ、それはもちろん悪い意味ではなく、墓地は墓地であることを前提にしつつ、よく整備された場所であるということです。日本人墓地近辺は、大きな一軒家が建ち並ぶ閑静な住宅街です。そんな立派な家々の間に外国人の墓地があることに、違和感をまったく感じないわけではありません。なので、公園としてこの地を管理・整備する日本人会、シンガポールの日本人社会の、この土地を貸してくれているシンガポールへの配慮を感じるわけです。このあたりのニュアンスも、実際に足を運んで感じてみてほしい点です。

「日本人墓地公園」の見どころ

どんなお墓、記念碑があるかについていですが、園内にわかりやすい絵図があります。これをしっかり見た後に回るといいかもしれません。

日本人墓地公園の地図

日本人墓地公園の地図

私が感慨深い気持ちになったのはやはり「からゆきさん」のお墓でした。ぽつぽつと、小さく質素な墓石が並んでいます。もともと多くは木標だったのを墓石に替えたそうです。貧しいまま異国で命を落とした女性たちの存在に思いをはせると、切ない気持ちになります。

からゆきさんの看板と墓石

からゆきさんの看板と墓石

また、戦争関係者のお墓・記念碑というのも、見ていて複雑な気持ちです。日本からしてみれば、日本のために戦って命を落とした人たちかもしれませんが、ここは日本が占領したシンガポール。日本でなくシンガポールで埋葬する意図や意義があったのでしょうか。

ちなみに、二葉亭四迷のお墓があるという記述を時々見かけますが、ここにあるのはお墓ではなく記念碑だそうです。

二葉亭四迷の記念碑

二葉亭四迷の記念碑

ぜひ帰国前リストに加えてほしい

シンガポールへの関心のポイントは、本当に人それぞれだと思います。歴史や文化より、「今のシンガポール」を楽しみたい人たちに「日本人墓地公園」訪問を勧めるのは、なにやら説教くさい感じもします。

ただ、ここを訪れたことで、シンガポール、シンガポールと日本との関係についての新たな関心や視点が生まれる気がいたします。

また、今まで「シンガポールにおける日本人の歴史」についてあまり関心を払ってこなかったことにも気づきました。私たちは、永住目的の移住ではありませんでしたが、在住中にシンガポール社会に受け入れてもらっていたのも、先住の日本人たちの築いてきた歴史のおかげだと思います。そんな先住の日本人の人たちの存在を改めて感じ、そして敬意を払いたくなる場所でした。

年明けもシンガポールネタを続けます

さて、日本はシンガポールより1時間早く新年を迎えます。

気持ちも新たに違う話を……とも思いますが、シンガポールの思い出話も私の人生の大事な一部。年明けももう少し、シンガポールネタを続けたいと思います。

それでは皆さま、どうぞよいお年をお迎えください!

本帰国前に行っておこう:在住者にお勧め「シンガポール・シティ・ギャラリー」。地理が分かると断然面白い

巨大なシンガポール中心部のジオラマ

シンガポール在住中に行っておいてよかったと思ったり、本帰国前に駆け込みで行った場所についてご紹介したいと思います。

第三弾は、URA(都市再開発庁)にある「シンガポール・シティ・ギャラリー(Singapore City Gallery)」です。

シンガポーリアンお勧め「シンガポール・シティ・ギャラリー」とは

HDBのモデルルームが面白かったことを、夫リサが会社で話したそうです。
→「本帰国前に行っておこう:シンガポールの公団(HDB)のモデルルームは興味深い

すると、シンガポール人の同僚が「それならここも面白いと思うよ」と教えてくれたのが今回ご紹介する「シンガポール・シティ・ギャラリー(Singapore City Gallery)」でした。URA(都市再開発庁)の中にある、またもや政府系機関の施設です。

URA「Urban Redevelopment Authority(都市再開発庁)」

URA「Urban Redevelopment Authority(都市再開発庁)」

URAは「Urban Redevelopment Authority(都市再開発庁)」の略で、シンガポール全体の開発を担っている機関です。周知のように、シンガポールは23区ほどの小さな国ですから、この限られた土地をいかに有効に使っていくかということに知恵を絞って実行していく機関です。「シンガポール・シティ・ギャラリー」はまさにそのURAの活動を分かりやすく公開している展示施設でした。

ギャラリーの外にもさまざまな都市計画の資料が展示公開されている

ギャラリーの外にもさまざまな都市計画の資料が展示公開されている

ビルの場所は、チャイナタウン駅とタンジョンパガー駅の間くらいです。有名ホーカーのマックスウェルのすぐ隣。チャイナタウン駅周辺はいつも観光客で混雑してるので、私たちはタンジョンパガー駅から行きました。


都市計画とは何か、シンガポールの戦略は

ざっくり言うと、ここは「都市計画とは何か」についてと、実際にシンガポールが実施してきたこと、そして今後の戦略についてわかりやすく説明している施設です。

URA内の「シンガポール・シティ・ギャラリー」入口

URA内の「シンガポール・シティ・ギャラリー」入口

HDBギャラリーに比べると、説明的でありながらも面白く感じる工夫がされていて、都市計画に関心がない人にも興味がわく内容でした。

開発コンセプト

開発コンセプト

例えば、なるほどと思ったのがシミュレーションゲーム。大画面にシンガポールの国土のイラストが映し出され、プレイヤーはそこに住宅、商業施設、工場、空港などのインフラを配置していきます。途中で都市計画のポイント解説を挟みつつ、最後に出来上がった国のスコアが出るゲームです。シムシティみたいなゲームで、「限られた国土」というシンガポール独自の課題と、それに取り組むことの重要性が、子どもにもわかりやすく仕上がっていました。

シンガポール国土にインフラを配置していくゲーム

シンガポール国土にインフラを配置していくゲーム

また、大きな映像でシンガポールの国土を映し出し、エリアごとの目的を見るのも面白かったです。例えば、西部のジュロンやトゥアスが工業地帯であることはご存知の方も多いと思います。小さな国だからこそ、どのエリアもそれなりに知っていて、在住者にとっては興味を引く絵でした。

各エリアの開発コンセプト

各エリアの開発コンセプト

戦略的な話では、地下の活用を検討している図が面白かったです。シンガポールだったら本気で、しかもすぐに実行に移しそうなだけに、未来絵図もリアルに見えるんですよね。数々の戦略が、実現性がありそうだというのも面白さの理由の一つかもしれません。

地下の開発のプラン

地下の開発のプラン

そして、圧巻なのが最後の巨大なシンガポールのジオラマです。世界最大級のジオラマだそうです。中心部だけなのですが、かなり細かく作られています。シンガポールの街並みを、まさに「bird’s eye view」、「鳥瞰」することができます。

巨大なシンガポール中心部のジオラマ

巨大なシンガポール中心部のジオラマ

これがまた、ただ地図を見るのとは違った面白さがあり、思わず張り付いて隅から隅まで見てしまいます。ミニチュアの建物としても面白いし、知っている場所はもちろん、そこから知らないエリアへどうつながっているかなども一望できるので、様々な場所に関心がわきます。そして知ったような気になって(笑)この街への親しみがわきました。

マリーナエリアは制作中?

マリーナエリアは制作中?

リピートしたくなる奥深さ

あまり細かく見て回ったわけではないのですが、それでもURAの活動の重要性がわかったし、シンガポールの都市計画に興味がわいたというのはやはり、展示が優れていたのだと思います。また、そういったことに関心がなくても、最後のジオラマだけでも一見の価値があります。

シンガポールにもっと詳しくなったり、少し自分で勉強したりしら、もう一度来てもいいかもと思える場所でした。

余談:マックスウェルでチキンライス

さて、以下は余談。

すぐ横に有名ホーカーセンターのマックスウェルがあるので、お昼はここで食べました。マックスウェルと言えば、5年前に「チキンライス戦争」が話題になったストール(お店)があります。「天天(ティエンティエン)海南鶏飯」と「阿仔(アータイ)海南鸡饭」です。

阿仔店頭に掲げられた「チキンライス戦争」の切り抜き

阿仔店頭に掲げられた「チキンライス戦争」の切り抜き

人気店「天天海南鶏飯」のベテラン料理人が、運営方針の食い違いで独立して作ったのが「阿仔海南鸡饭」で、古巣の天天のすぐ近くに似たような店構えで商売しています。

天天と阿仔はこんなに近くに店を並べている

天天と阿仔はこんなに近くに店を並べている

せっかくなので食べ比べてみようかと思ったのですが、天天の行列があまりにも長いので、あきらめて二人とも阿仔のチキンライスをいただきました。こちらは待っている人は3,4人ほどでした。

これが、すごく美味しかったです。チキンライスは文東記、ウィーナムキーのような有名店でも食べたことがありますが、一口目から「これ、うまい!」と思えたのはこの阿仔のチキンライスだけかもしれません。柔らかくしっとりしたチキン、味が十分にしみ込んだライス。食べ終わるまで思わず二人で無言になりました。

思わず後日再訪したくらい美味しかった阿仔のチキンライス

思わず後日再訪したくらい美味しかった阿仔のチキンライス

あまりにも美味しかったので、それを上回る行列の天天のお味も気になります。しかし、相対評価ではなく、絶対評価で阿仔は十分美味しかったと思います。

本帰国前に行っておこう:シンガポールの公団(HDB)のモデルルームは興味深い

洒落た寝室

シンガポール在住中に行っておいてよかったと思ったり、本帰国前に駆け込みで行った場所についてご紹介したいと思います。

第二弾は、シンガポールの公団(以下、HDB)のモデルルームです。

HDBのジオラマ?

HDBのジオラマ?

シンガポールの住宅事情

シンガポール在住の日本人の多くはコンドミニアム(高価格帯のマンション)に賃貸に住んでいますが、シンガポール国民の約8割は購入したHDBに住んでいます(→HDB > Annual Report > Key Statistics 2016/2017)。つまり、多くのシンガポール人のとっての「家」とは、この「HDB」なのです。

シンガポールのHDB(公団)

シンガポールのHDB(公団)

そもそもHDBが何かというと、「Housing & Development Board」の略で、Wikiでは「住宅開発庁」と訳されているシンガポールの法定機関です。その名の通りシンガポールの住宅を開発しており、そこが開発・供給する住宅(日本人が呼ぶところの「公団」)もHDBと呼ばれています。

多くのHDBは高層で密集して建っており、コンクリートをペンキで塗ったような外壁です。日本の団地に比べると、建物によっては個性的な色に塗られていたり、1階に商店街やコーヒーショップと呼ばれる食事処が整備されているのが特徴的です。遊具や運動器具が設置されていたり、集会所のような広場が併設されていて、冠婚葬祭をそこで行います。また、民族構成が偏らないように住民の民族割合が調整されています。


トアパヨにあるHDBとHDBギャラリー

そんなHDB(公団)を開発しているHDB(住宅開発庁)ですが、トアパヨにあります。トアパヨはオーチャードから3つ目の駅ですから、そこそこ中心に近くてアクセスがいいです。さらに建物がトアパヨ駅から直結しているので、出口案内を辿れば迷うことなく行ける場所です。

HDBにようこそ!

HDBにようこそ!

ここはHDBフラット(公団の部屋)の購入を検討したり、何か手続きが限り行くことがない場所なので、多くの在星日本人には縁のない場所です。しかしある週末、夫リサが「観光客が行かないようなユニークな場所に行きたい」とネットで探し出したのが、「HDBギャラリー」だったのでした。

HDBギャラリー(2018年まで改装中)

HDBギャラリー(2018年まで改装中)

HDBギャラリーはHDBの歴史から、現在のHDBについてを学べる場所です。冒頭の昔のHDBを再現した展示などは、日本の昔の家とも似た雰囲気があり、ノスタルジックな雰囲気が良かったです。ただ、それ以外の展示は……正直あまり興味が持てないものでした。写真や映像など、見せる工夫はあるのですが、全体的に説明的な展示が多かったです。よっぽどシンガポールの住宅政策に興味がないと面白くない気がしました。退屈で、全体をざっとみてすぐに出てしまいました。

ノスタルジックな昔のHDB風景

ノスタルジックな昔のHDB風景

なお、このHDBギャラリー、2017年9月末から来年にかけてリノベーション中で閉鎖されているようです。再開後に面白くなればいいですが。。

HDBのモデルルーム「My Nice Home Gallery」でシンガポール人生活をのぞき見

トアパヨまで来たのに、HDBギャラリーは面白くなかった……とリサと二人、肩を落としていたところ、リサが案内板に「HDB Showflats」という文字を見つけました。これってモデルルームのこと? と二人で顔を見合わせましたが、確信は持てず。しかしこのままなんら楽しい思いもなくトアパヨを後にするのがもったいなかったので、案内板の方向に向かってみました。

モデルルームに続く渡り廊下

モデルルームに続く渡り廊下

そして、渡り廊下を歩いてたどり着いたのが「My Nice Home Gallery」。

「My Nice Home Gallery」
http://esales.hdb.gov.sg/hdbvsf/eamnhindex.nsf/html/index.html

まさにモデルルームでした。広いフロアに2部屋のタイプが2つ、3部屋、4部屋、5部屋のタイプが各1つずつ、再現されていました。

洒落た寝室

洒落た寝室

間取りが再現されているのはもちろんですが、インテリアをお洒落に整えたり、窓の外に眺めのいい写真を配置してみたりと、気分が上がる工夫がされていました。私は日本のモデルルームを知らないので、それとの比較はできないのですが、そこでの楽しい生活を十分イメージできるように作られていたと思います。

小さいけれど快適そうなリビング

小さいけれど快適そうなリビング

週末(土曜日に訪問。日曜日は閉まっているようです)とあってか、家族連れでかなり賑わっていました。3部屋以上のタイプは子供部屋が用意されており、そこで子どもたちがはしゃいでいるし、5部屋タイプになると3世帯同居をイメージしているので、おじいちゃん・おばあちゃんが興味津々のようでした。(ちなみに、不動産が高いシンガポールで3世帯同居はかなり一般的です。)

家族連れでにぎわってました

家族連れでにぎわってました

私たちにとっては、新しいHDBの部屋であるという点が興味深かったです。私たちは来星当時、HDBの賃貸も検討しています。しかし予算の関係でだいぶ古い部屋ばかりを見ており、正直HDBのイメージはよくありませんでした。それが、ここは最新の部屋の展示なので、設備は新しくてきれいだし、雰囲気も明るく、古いコンドミニアムよりむしろいいのです。まぁ、実際借りるとなると新しめのHDBはコンドミニアムに負けないくらい高いのだろうと思われるし、確か築5年以上経たないと賃貸には出せないのですが……。

5部屋タイプはキッチンも広々、アイランド型

5部屋タイプはキッチンも広々、アイランド型

また、HDBの室内の特徴を改めて知ることができます。日本と大きく異なるのは、バス・トイレが基本一緒であること。ベランダがなく、洗濯物は窓から竿を出して干すこと。ボム・シェルターがあることです。物件によって違うようですが、基本仕様は大体同じようです。

トイレとシャワーが隣同士

トイレとシャワーが隣同士

実際に住むことをイメージしたとき、厳しいと感じるのはバス・トイレでしょうか。シンガポール人はシャワーで済ませることが多く、基本的に浴槽は必要ないそうです。(あとから設置工事はできるようです。)モデルルームでびっくりしたのが便器のすぐ横や正面にシャワーがあったことで、シャワー浴びたらトイレがびしょびしょになる、とリサと話してました。後でシンガポール人に聞いたところ、普通は仕切りがあるそうです。

トイレとシャワーが向かい合っている

トイレとシャワーが向かい合っている

あと、窓から竿を突き出して洗濯物を干すのも、怖いのでやりたくないです。ベランダがないなら部屋に干すしかないかな。
→「とうとうHDBの物干し竿落下現場に遭遇。危ないです、本当に。

※(2018年10月追記)momoさんよりコメントいただきました。竿を突き出すのは古いHDBで、最近は室内の天井近くに物干しを設置している人が多かったり、自動で物干しが降りてくるシステムを導入しているHDBもあるそうです。

ボム・シェルターは……今までこのブログに詳しく書いたことがありませんが、シンガポールには敵の攻撃から身を守るためのシェルターが普通のマンションに存在します。窓はなく、分厚い鉄の扉で守られ、通信回線かなにかが引かれてると聞きます。私たちが住んでいた部屋にはなかったので、詳しい仕様や、どのようなルールで設置されているのかは知らないのですが、小国がゆえの危機対策で、HDBにも存在するようです。これ、あってもいいんですが、これで面積取られるのがもったいない気がします。多くの家庭で物置になっているらしいですけどね。

部屋の説明の案内板

部屋の説明の案内板

そんなわけで、このHDBモデルルーム「My Nice Home Gallery」は、シンガポールの生活スタイルを楽しく、かつ興味深くのぞき見できる場所でした。

モデルルームは面白いし、興味深かった

HDBギャラリーは今一つでしたが、モデルルームは堪能してきました。最後はモデルルームと合成写真が撮れる写真まで撮ってきました。

お気に入りの部屋と合成写真が撮れます

お気に入りの部屋と合成写真が撮れます

実際にHDB購入を検討しているご家庭に、楽しいイメージを残せる場所だったと思います。

本来はHDB購入者向けの場所なので、外国人が冷やかしで行くべき場所ではないと思います。ただ、シンガポールの人たちの「家」を見て、その生活を垣間見ることができる興味深い場所だったので、そのような観点でシンガポールを知りたいと思っている方たちにはお勧めの場所です。

本帰国前に行っておこう:シンガポールリバー・クルーズで川側からマリーナベイ・サンズのレーザーショーを見る

迫力のレーザーショー

シンガポール在住中に行っておいてよかったと思ったり、本帰国前に駆け込みで行った場所についてご紹介したいと思います。

1つ目に紹介するのは、「シンガポールリバー・クルーズ」。いきなりコテコテの観光ツアーですが、わが家のように、シンガポールの郊外に住んだがために中心部に出ないご家庭にも、「これは見ておいていいんじゃない?」とお勧めしたいものでした。

シンガポールリバー・クルーズとは

シンガポールリバーはシンガポールの中心部を流れ、マーライオンがいるマリーナベイに注ぐ川です。そしてその川を観光用水上バスでめぐるのがシンガポールリバー・クルーズです。乗船場所は川沿い8か所にあり、好きな場所から乗船できるようです。

川沿いにあるチケットブース

川沿いにあるチケットブース

初めてその存在を知った時から「隅田川の水上バスみたいだな」と思ってましたが、乗ってみたら大方はずれた表現でもありませんでした。いくつかの橋の下をくぐっていく感じとか、最後にマリーナベイ(東京湾)に出る雰囲気とか、デジャヴでした。なので隅田川の水上バスをご存知の方は、あれを想像していただければそれに近いものです。

そんなわけで、隅田川の水上バスみたいなもんだろうと思っていた私は、実はあまり興味が無かったんですよね。それが、知り合いの夫婦から「夜のリバークルーズは本当にきれい!」と強い推薦があり、リバークルーズというより夜景に興味がわいたのです。


「Laser Show Cruise」というプランがある!

シンガポール中心部の夜景がきれいなのは間違いないと思ってましたが、調べてみたところ、時間によってはマリーナベイ・サンズのレーザーショーが見られるというではないですか。私、サンズのレーザーショーは下見旅行の際、音楽も聞こえないような遠くの対岸から見ただけで、ちゃんと見たことがなかったんです。

さらに調べてみたところ、今年の6月からレーザーショーに合わせたプランが始まったとのこと。それまでは通常のクルーズ中に少し見られるだけだったのが、このプランではショーの時間に開催場所の前で船が止まってくれるのです。

レーザーショー・クルーズの案内

レーザーショー・クルーズの案内

通常のクルーズが25ドル(子供15ドル)に対し、レーザーショー・クルーズは38ドル(子供22ドル)と強気な値段設定。大人二人で76ドルは結構な出費でしたが、思い出作りと思えばその価値はあったかなと思います。

レーザーショー・クルーズのチケット

レーザーショー・クルーズのチケット

私たちが乗った2017年9月時点で、乗船場所および下船場所はクラークキーの船着き場のみでした。Fort Canning JettyとEu Tong Sen Jettyの2つがあり、私たちはセントラルがあるEu Tong Sen Jettyから乗ったところ、Fort Canning側から乗ったと思われる乗客がすでにいました。後ろの屋根のない場所の方がお好みの方は、Fort Canningで乗船したほうがいいかもしれません。(※最新の乗船場所はご確認ください。)

また、出発は19時半と20時半です。その時間より前にブースでチケットを購入します。

マーライオンとサンズに感動した

船はクラークキーを出発し、マリーナベイに向かって下っていきます。右手にはにぎやかな川沿いの飲み屋に続き金融街の摩天楼がそびえ立ち、左的には薄暗い中に古い建物がぼんやり見えていて、どちらもなかなかいい雰囲気です。

クラークキーの飲み屋たち

クラークキーの飲み屋たち

川べりには若者や家族連れがくつろいでいて、これは何というか、京都の鴨川みたいな光景でしょうか(←知らないのにすみません)。そちらに顔を向ければ思わず視線を交わしてしまいますし、気分が上がってたら手でも振ってしまいそうな平和な風景です。

私は夜景を楽しむべく、早々に席を立って船の後ろの屋根のない場所に行きました。昼間だと暑さと日差しでやられてしまいそうな場所でしたが、夜ならそんな心配もありません。むしろ柔らかな夜風に吹かれてとても気持ちがよかったです。

威風堂々なフラトンホテル

威風堂々なフラトンホテル

そうこうしているうちに船はマリーナベイに着き、右に見えるはマーライオン、左に見えるはマリーナベイ・サンズ、という、こってこてのエリアに入っていました。

お馴染みのマーライオン(夜、川から見たバージョン)

お馴染みのマーライオン(夜、川から見たバージョン)

どちらもきれいなんだろうな、とは思っていましたが、夜に水上から見ると雰囲気が違うというか、キラキラ度が増します。

マーライオンはいつもとは違う角度で見られるし、サンズは遠すぎず近すぎない絶妙な場所でそのたたずまいを眺めることができます。また、水の上に立つと視線の高さも変わり、これまた浮遊しているような不思議で新鮮な感覚を楽しめました。

なるほど、これは一度乗ってみる価値がある、と感じました。

レーザーショーにはもっと感動した

しばらくすると、船はサンズの前で止まります。そこはまさにレーザーショーの会場の反対側(川側)。真正面ではありませんが、十分に迫力を感じられる場所です。一部ですが、動画を撮ったのでその様子はこちらでご覧ください。

感動しました。最初から最後まで飽きずに見られました。本音を言うと、正面から見るように設計されたショーだと思われるので、音はあまりよくないし、裏から見ている感は否めなかったです。それでもやはり、水上から見ているということ、サンズの建物とコンボで見られるという点が、特別な景観だったと思います。

ちなみに、通常のクルーズ船もレーザーショーの時間に通りかかりましたが、とどまることなく去っていきました。ここが通常のクルーズとレーザーショー・クルーズの違いなんだと思いました。

全体的な感想

レーザーショーの後は、再び来た道を戻っていきます。ショーの後はあっという間に乗船場所のクラークキーに戻ってきました。行きより帰りの方が早い気がしたのですが、気のせいかどうかは不明です。

帰り道は、夜景の美しさの感動の余韻と、値段の高さへの若干の後悔が交錯する複雑な気分でしたが(笑)、シンガポールにいるうちに参加できて良かったと思えるツアーでした。

迫力のレーザーショー

迫力のレーザーショー

シンガポールの中心部のダイジェストを川から見られること、夜風の気持ちよさ、夜景の美しさ、マーライオンやサンズの迫力、そしてレーザーショーを十分に楽しめる点が良かったと思えた理由です。

観光にはもちろん、在住者の方でキラキラ☆シンガポール未体験の方にもぜひお勧めしたいと思います。

島内のマーライオン訪問、全7体コンプリートしました

ミニ・マーライオン

シンガポールの国家的マスコット、「マーライオン」。大変恥ずかしながら、2年前にシンガポール行きが決まるまで、私はシンガポールと聞いたら本当にマーライオンくらいしか連想できませんでした。しかし、それくらい国のイメージと強く結びついているシンボルだと思います。

そんなマーライオンですが、政府公認マーライオンは島内に5体あります。私も「地球の歩き方」で知ったので、ご存知の方も多いのではと思います。さらに、「非公認」のものも2体あり、合計7体と言われています。

この全7体のマー様には、ぜひシンガポール在住中にお目にかかりたいと思っていました。そして先月、ようやくコンプリートしたので、ここにご報告したいと思います。

なお、設置場所やアクセス方法については詳しく書いてるサイトがいくつもあるので、本記事はざっくりした感想のまとめにとどめます。

マーライオン公園のマー様(2体)

2015年8月、シンガポール下見旅行の際に訪問。

シンガポールで一番有名なマーライオン

シンガポールで一番有名なマーライオン

シンガポールで一番有名なマーライオンが、このマリーナベイにあるマーライオン公園のマー様(8.6m)です。「世界の三大がっかり」なんて不名誉な呼び名がありましたが、恐らくそれは2002年の移築前のマー様ではないかと思われます。少なくとも、私は「がっかり」しませんでした。

夜のマーライオン

夜のマーライオン

大きなマーライオンはマリーナベイに向かってざっぱざっぱと水を吐き、その背後の少し離れた場所でも、小さなマーライオン(2m)がちょろちょろと排水しています。大きなマーライオンのそばには桟橋が整備されており、やや前と横から眺められるようになっています。このエリアはいつ来ても観光客で賑わっています。

ミニ・マーライオン

ミニ・マーライオン

全7体のマーライオンのうち、この2体だけが水を吐いています。なので、多くの人がイメージする「水を吐いてるマーライオン」はここだけです。

セントーサ島の巨大マー様(1体)

2016年1月、初めてセントーサ島に行った際に訪問。(→「セントーサ島を覗いてきました」)

セントーサ島のマーライオンタワー

セントーサ島のマーライオンタワー

セントーサ島のシンボル的なマーライオンなので、メインのマーライオンの次にメディアなどでよく目にするマー様なのではと思います。水吐きマー様の8.6mに比べ、こちらは37mと、とにかく巨大。「マーライオンタワー」と呼ばれており、上ることもできます。高所恐怖症の私は上りたいとは露ほども思いませんが、一番エンタテイメント性の高いマー様だと思います。

アンモキオの「非公認」マー様(2体)

2017年6月、知人の方に付き合っていただいて訪問。

中心部から北に位置するアンモキオは、シンガポールの典型的な公団(HDB)が立ち並ぶ住宅地。観光の要素は皆無な、とてもローカルな場所です。そんな公団の入り口に、狛犬のように2体鎮座しています。

アンモキオの公団入口に建つ2体のマーライオン

アンモキオの公団入口に建つ2体のマーライオン

このマーライオンは、地元のコミュニティが1998年に3万ドルかけて作ったマーライオンだそうです。しかし、無許可で作ったものらしく、マーライオンの版権をもつシンガポール観光庁(Singapore Tourism Board)から、撤去を求められたとか。(→出典:Remember Singapore: Ang Mo Kio Merlions

周囲に特に見るものがないので、まず観光では来ない場所です。なので在住者だからこそ見に行ってもいいマーライオンかもしれません。

マウントフェーバー公園のひっそりマー様(1体)

2017年9月、マウントフェーバー公園に行った際に訪問。

マウントフェーバー公園のマーライオン

マウントフェーバー公園のマーライオン

マウントフェーバー公園訪問についての詳細はこちらの記事にて→「高所恐怖症がマウントフェーバー公園に行った話」。

記事中に記載していますが、こちらのマーライオンは高台にとてもひっそりたたずんでいます。マウントフェーバー公園を訪ねたり、ケーブルカーに乗る際についでに見る感じでしょうか。少し寂しげに見えるのは勝手な思い込みかもしれません……。

シンガポール観光庁の強面マー様(1体)

2017年10月、マー様目的で訪問。

オーチャードから少し離れた、リージェントやタングリンモールの近くにあるシンガポール観光庁内にいます。私たちはオーチャード駅からバスで行きました。とうとう最後のマーライオン。なのでマー様訪問のみが目的で行ってきました。

シンガポール観光庁

シンガポール観光庁

敷地内での正確な設置場所が分からず、かつ周囲が工事中だったのですぐには見つけられませんでした。加えて日曜日で観光庁は閉まっており、もしクローズしているエリア内にいたら見られないのかも……と一度諦めかけました。

しかし、ぐるっと建物を半周したところ、玄関付近の茂みの中に見つけました! ちょっと強面のマーライオンです。威厳を感じて少し遠巻きに写真を撮りました。

シンガポール観光庁のマーライオン

シンガポール観光庁のマーライオン

これにて、マーライオン全7体コンプリートです!

まとめ

上記の中で、アンモキオ、マウントフェーバー、シンガポール観光庁は、マーライオンがなければ行くことがなかったと思います。そういった意味で、この「マーライオン・コンプリート」はシンガポール散策をするとてもいい機会になりました。実際に回ってみて、(アンモキオ以外は)シンガポール観光庁の狙いがあっての配置なんだろう思いました。

また、すべてのマーライオンが違った顔をしており、個性を感じる点も興味深かったです。私は一番小さいマーライオンが、マスコットらしいかわいらしさがあって好きです。

マーライオン訪問を完了するまで、私はだらだらと足掛け2年くらいかけましたが、回ろうと思えばもっと短期でも回れますし、観光旅行でも不可能ではないと思います。

何かテーマ性を持ったシンガポール巡りをしたいという方には、なかなか面白い散策になるのではと思います。

シンガポール発、4泊5日のプーケット・カタビーチ(3):買い物、人の印象、費用の詳細

オーダーメイド・スーツ屋さん

シンガポール発、4泊5日のプーケット旅行記その3(最終回)です。(→その1:お金のこと・SIMなどその2:ホテル・食事・サーフィン)現地での買い物、人の印象、まとめ、費用の詳細について紹介します。

買い物

コンビニに興奮する

プーケットでは、久しぶりにコンビニでわくわくしました。シンガポールのコンビニは品ぞろえも値段もイマイチでして、最近はよほど緊急で必要なものがない限り入りません。それが、プーケットのコンビニは日本のコンビニに雰囲気がよく似ており、それなりの品質の商品が豊富に並んでいます。加えてタイ価格とあってリーズナブルなので、夫リサと二人で興奮して何度も出入りしてしまいました。私たちの行動範囲にはファミマとセブンイレブンが多かったです。店員さんの対応もいいし、軒数も多くて本当に便利でした。

スーパーでお土産を購入

テスコ・ロータスという大型スーパーに行きました。

大型スーパー、テスコロータス

大型スーパー、テスコロータス

コンビニが楽しいんですから、スーパーも楽しいです。大型店舗なので電化製品や衣類まであり、現地の生活を感じることもできます。

キッチュなデザインのメモ帳

キッチュなデザインのメモ帳

大したものは買ってませんが、タイ土産で有名なマダム・ヘンの石鹸や、ココナツチップを買いました。ちなみに、マダム・ヘンの石鹸は33THBでしたが、街中で買うと65THBもします。

テスコのお土産物コーナーに大量のマダム・ヘン石鹸

テスコのお土産物コーナーに大量のマダム・ヘン石鹸

テスコロータスの石鹸コーナー

テスコロータスの石鹸コーナー

ココナツチップスを買いました

ココナツチップスを買いました

また、スーパーのエリア外にちょっとした店舗が並んでおり、雑貨屋さんで象のお財布を買いました(108THB)。女子高生が買うようなポップで安いお財布なんですが、象柄がタイっぽくて気に入っています。

雑貨屋さんのかわいいお財布たち

雑貨屋さんのかわいいお財布たち

象のお財布買いました。

象のお財布買いました。

なお、私たちが行った時期はタイ国王の葬儀を控えており、衣料品コーナーや靴屋さんには葬儀参列のための黒いふ服や靴が並んでいたのが印象的でした。

葬儀のための黒い靴

葬儀のための黒い靴

オーダーメイド・スーツ

やや唐突な話になりますが、今回の旅行でサーフィンの次に大事な目的が「オーダーメード・スーツの購入」でした。プーケット行きを決めた頃、スーツを着たスパイが活躍する「キングスマン: ゴールデン・サークル」という映画を見たのですが、この映画にリサが感化され、スーツが欲しいと言い出したのです。調べてみたら……意外や意外、プーケットは観光客向けのオーダーメード・スーツ屋(テーラー)が軒を連ねています。

リサがトリップアドバイザーで人気のお店を調べ、2軒まわって値段を比較し、安かった「Simon’s Boutique」にお願いしました。こちらのお店はスタッフの対応、そしてセンスも良かったです。また、「注文&採寸」、「仮縫い」、「受け取り」の3回通うことになるので、ホテルから近いのも大事でした。

プーケットのテーラー「Simon's Boutique」

プーケットのテーラー「Simon’s Boutique」

リサはスーツ2着+ベスト1着+シャツ2着、私はスーツを1着作ってもらい、おまけでリサのネクタイが2本ついてきて21,700THB(約73,780円)でした。初めてのオーダーメイド・スーツなので、日本のそれとの比較はできませんが、ネットで調べた限りでは日本、そしてシンガポールより安いです。

リサは事前に紳士用スーツについていろいろ調べてから行ったので、細かいリクエストを出して好みのスタイルを作ってもらっていました。シャツは襟・袖・ボタン部分など、組み合わせを変えるとかなり自由にデザインできます。私はその場にあったカタログから選び、気に入った形のスーツで、ボタンの数だけをカスタムしてもらいました。

オーダーメイド・スーツ屋さん

オーダーメイド・スーツ屋さん

初めてのオーダーメイド・スーツ、体にフィットしていて着やすいだけでなく、自分でデザインする楽しさも体験できます。注文は、私レベル(日常会話レベル)の英語でも大丈夫でした。なので事前に注文のイメージをしっかりもっていけば、やりとりは心配ないと思います。

店員さんは語学がとても堪能。もともとネパールの出身なのですが、母語のネパール語に加え、英語・タイ語・ヒンドゥー語ができるとのこと。また、一人のスタッフはロシア語もペラペラで、ロシア人のお客さんと流ちょうにやり取りしてました。独学だそうです。仕事で必要とはいえ、とても真似できないと思いました。

なお、私たちは4泊5日の滞在でしたが、実質中(なか)3日しか時間がなかったので、かなり慌ただしかったようです。できれば4日はあった方がよさそうです。最後の3日目はディーパバリ(ヒンドゥー教のお祭り)でお店は閉めていたのですが、なんと私たちのために受け取りの時間にお店を開けてくれていました。そういった対応もとてもありがたいいいお店でした。

番外編:マンゴーを持ち帰るロシア人

帰りの空港で驚いたこと。ロシア人観光客はマンゴーを大量に持ち帰っていました。

マンゴーを持ち帰るロシア人観光客の皆さん

マンゴーを持ち帰るロシア人観光客の皆さん

モスクワ直行便のゲートにいる人たちがみんなプラスチックの籠を手に提げていたので、なんだとよくよく見てみると、その中身は大量のマンゴー。ロシアじゃ育たないだろうし、高いのかもしれません。リサと「検疫どうなってるのかな」なんて言ってたのですが、寒くて育たないから大丈夫なんじゃない? なんて勝手な結論に至りました。

プーケットにいる人たちの印象

観光客は圧倒的にスラヴ&北欧系+中国人

プーケットにはどんな人たちが来るのか予備知識なしで来たのですが、ロシア人の多さに本当に驚きました。お店の看板やメニューなど、あちこちにキリル文字が踊っています。加えて北欧系も多いらしく、とにかく明るい金髪の白人家族があちこちに闊歩しています。

プーケットはあちこちにロシア語

プーケットはあちこちにロシア語

次に多いのは中国人のようです。朝と夕方、日差しが強くない時間にビーチに出没するのが主に東アジア系なんですが(笑。私も含めて)、日本人の少なさには驚きました。パトンビーチではなくカタビーチに行ったせいもありそうです。

この状況は、レストランの外国語メニューの束でロシア語と中国語のメニューの冊数が他を圧倒していたことかららも見て取れました。日本人がレストランに行くと、まず中国語のメニューが出てくるのは仕方ないようです。

ダナンは韓国人、バリ島は日本人、プーケットはロシア人。近年、東南アジアのビーチリゾートは中国人観光客が増えてるので、どこに行っても中国人観光客が多いのはわかりますが、場所によって他の観光客の人種構成が変わるというのはなかなか興味深い光景でした。

住んでいる人たち

タイの民族構成について予備知識がなかったのですが、中華系が多そうである、もしくは中国の影響を強く感じたのは意外でした。現地の料理には「これは中華料理では?」というものがちらほらありました。

また、南北に長いタイは南にムスリムが多いと聞いたことがあります。実際、プーケットの街中でヒジャブを被った女性は珍しくなかったです。加えて、私たちが行ったテーラーの店員さんはヒンドゥー教徒でした。多民族・多文化は特にシンガポールが顕著だと勝手に思っていましたが、タイも場所によって異文化が混在しており、調べてみたら興味深そうです。

スーパーのテスコは観光客ではなく現地の人が多かったです。そこで結構目にしたのが現地女性と欧米系男性の夫婦でした。何かの理由でプーケットに住んだ欧米系の男性が、現地女性と結婚して当地に落ち着いたのかなと思いました。

あと、印象的だったのは、現地の人の信心深さでした。

タクシーの運転手さんが途中、車を止めてジャスミンでできた花飾りを買い、車内に飾っていました。指で刺して「ラッキー、ラッキー」と言っていたので、宗教的に意味がある飾りでは思われました。また、これまたタクシーから見た風景なのですが、若い男性がバイクを下りて道端に正座し、目の前に立つお坊さんに手を合わせていました。

基本的に私たちはビーチでだらだらして、観光客向けのレストランで食事していただけの旅行でしたが、現地の人が住むエリアに赴けば、こういった風景をもう少し見るチャンスがあったのかもしれません。

プーケット旅行の全体的な感想

ここまで旅行記を読んでいただいて、「結局、奥さんは何してきたの?」と感じた方がいるかもしれませんが、「何もしなかったなぁ」というのが素直な感想です。

昔は旅行といえば、「食う・買う・遊ぶ」の中で「遊ぶ」が一番大事だったのですが、そもそもリサのサーフィン旅行についてくと、この「遊ぶ」ための時間や立地条件に制限がかかることが多くあります。それが、二人の時間をゆっくり過ごせればそれで満足になり、「食う・買う」がそこそこあったらそれ以外はダラダラでもOKと思うようになりました。

そういった視点だと、プーケットは「食う」に関しては満足でした。「買う」については、カタビーチはちょっと寂しい場所だったと思います。でも、パトンに行ったからと言って欲しいものがあったかはわかりません。

こういう「何もしない」旅の仕方はすごく贅沢で、もったいなくて楽しくないと思っていました。しかし、年を取るにつれて機動力が落ちてきており、この「贅沢」を楽しめるようになってきています。まぁ、加齢現象なのかもしれません(笑)。

リサは「また来てもいいな」と言ってました。私はリサがサーフィンを楽しめるならついて来たいと思います。

さて、最後に今回の旅行でかかった費用の詳細を記録してプーケット旅行記をおしまいにしたいと思います。

かかった費用の内訳と合計

航空券+ホテル4泊

AirAsia+Chanalai Garden Resort, Kata Beach4泊:914.21ドル(約75,000円)

以下はタイバーツ(THB)での支払い。1THB=3.4円、小数点以下は切り捨てで計算しています。

1日目

  • 夕食(カタママ):1,836円
  • コンビニ(パン、ジュース、虫よけ):408円
  • プリペイドSIM:676円
  • タクシー(空港→ホテル):3,400円
  • サーフボードレンタル3泊4日:5,440円

(小計:11,760円)

2日目

  • ランチ(ローカル):1,088円
  • 夕食(イタリアン):2,400円
  • アイス:272円
  • コンビニ(牛乳、パン、ヨーグルトなど):227円
  • トゥクトゥク往復:1,360円
  • 石鹸1つ:221円

(小計:5,568円)

3日目

  • ランチ(テスコのフードコート):652円
  • 夕食(ロシア料理):2,040円
  • ソフトクリーム(デイリークイーン):51円
  • カフェラテ:153円
  • コンビニ(パン、牛乳、水、ソーセージ):255円
  • グラブタクシー(テスコ往復):2,532円
  • お土産:2,652円
  • 象の財布:367円
  • ティッシュなど:261円

(小計:8,963円)

4日目

  • ランチ(カタママ):1,224円
  • 軽食(炭酸水、イカリング):816円
  • 夕食(ステーキ、スープ、サラダ):5,083円
  • コンビニ(飲み物、お菓子):306円
  • トゥクトゥク(カタ→カタタニ):680円
  • オーダーメード(スーツ、シャツ、ネクタイ):73,780円

(小計:81,889円)

5日目

  • 軽食(サンドイッチ、マンゴースティッキーライス):1,666円
  • グラブタクシー(ホテル→空港):3,162円

(小計:4,828円)

合計

約188,008円(航空券+ホテル+現地費用/2人分)

  • 食事、お土産など:28,094円
  • 交通費:11,134円
  • スーツ代:73,780円

シンガポール発、4泊5日のプーケット・カタビーチ(2):ホテル、食事、サーフィン

初めて食べたマンゴースティッキーライス

シンガポール発、4泊5日のプーケット旅行記その2です。(→その1はこちら)宿泊したホテル、現地での食事、そして夫リサが楽しんだサーフィンについて紹介します。

ホテル

チャナライ ガーデン リゾート カタ ビーチ(Chanalai Garden Resort)」に泊まりました。

チャナライガーデンホテル

チャナライガーデンホテル

サーフィン旅行の場合、ビーチへのアクセスを考慮した立地が重要になります。なので基本的にホテル選びはリサに任せて、いくつか候補を絞ってもらってから二人で決めています。

プーケットの南にはカタビーチとカタタニビーチという2つのビーチが南北に連なっているのですが、リサが調べた限りでは、カタタニビーチの方には適当なボード屋がなかったそうです。なので必然的にカタビーチ側になり、かつビーチへのアクセスがいいホテルになりました。

チャナライガーデンホテルはビーチにすぐ出られるオンザビーチのホテルではありませんが、ビーチから細い通りを挟んですぐの場所でした。高台にあるため、部屋から海が見えるのも特長です。

バルコニーからちらっと見える海

バルコニーからちらっと見える海

そして私のチャナライガーデンホテルの感想ですが、正直、もう泊まりたくないです。。サービスや設備は値段相応だったと思いますが、建物の構造がキツかったです。丘の斜面に沿って建てられたホテルで、部屋にたどり着くまで相当数の階段を上る必要があるのです。敷地の入り口から建物の入り口まで斜面を登り、ロビーを経てからまたさらに階段を上ります。そしてようやく建物のエレベーターにたどり着くという……。

チャナライガーデンホテルの鬼のような階段

チャナライガーデンホテルの鬼のような階段

滞在中、お天気に恵まれたのはよかったのですが、恵まれすぎて非常に暑かったです。現地のお店の人が「特に暑い」というくらいでした。そんな中、くたびれてホテルに戻って一刻も早く休みたいのに、最後の最後に試練のように階段が目の前に立ちはだかるのです。しかもその階段には屋根がないので、容赦ない太陽光に晒されながら上ることになります。

リサはサーフィン後、サーフボードを抱えてこの階段を上ってくる羽目になったにも関わらず、あまり気にしていない素振りをみせていました。周辺のホテルに比べるとだいぶリーズナブルだったようなので、その点も含めてのお値段なのかもしれません。

朝食のオムレツ(カレーをかけたら美味だった)

朝食のオムレツ(カレーをかけたら美味だった)

なお、建物はちょっと古めです。部屋の内装が壊れたりしてました。あと、朝食会場の雰囲気はよかったのですが、メニューが少し寂しい印象を受けました。

食事

プーケットでの食事はとても楽しめました。リサも私もあまり辛いものは食べられませんが、タイ料理は好きです。また、観光地なのでタイ料理以外の選択肢も豊富でした。加えてお値段もリーズナブルだったので、「プーケットでは安くておいしいものをたくさん食べられた」という印象が残りました。

なお、当地のお店の評価はトリップアドバイザーが席巻しており、お店のレビューは豊富だし、ランクが高いお店はトリップアドバイザーのフラッグを掲げてPRしています。私たちも何度かトリップアドバイザーでお店選びをしました。

タイ料理(ローカルフード)

Restaurant Mama Kata (Seafood)
40 Kata Road, Kata Beach, Karon, Phuket 83100, Thailand

カタママシーフード

カタママシーフード

ホテルからすぐ近くにあったカタママシーフードというお店には、二度行きました。安くてそれなりにおいしいです。

山盛りのパイナップルライス

山盛りのパイナップルライス

特にビーチに臨むロケーションが素晴らしく、とても気に入りました。下記の動画はこのお店のテーブルから撮影したものです。もしまたプーケットのカタビーチに来るなら、このお店は再訪したいです。

Kwong Shop Seafood
65 Tai Na Rd kata-karon, Kata Beach, Karon, Phuket 83100, Thailand

Kwong Shop Seafood

Kwong Shop Seafood

ぶらぶらしていたところでランチに入ったお店。トリップアドバイザーで高評価のお店だったのですが、やはりリーズナブルでおいしかったです。

どれもおいしくいただきました

どれもおいしくいただきました

無料でついてきたパパイヤサラダがかなり辛かったものの、普通のグリーンサラダと混ぜたら辛みが和らいで絶品になりました。

TESCO LOTUSのフードコート

買い物に行ったスーパー内のフードコート。安くておいしくて快適。買い物ついでにローカルフードも楽しめました。

チキンライスとパパイヤサラダ

チキンライスとパパイヤサラダ

リサ曰く、チキンライスは「シンガポールの有名店に負けてない!」とのことです。私が食べたパッタイももちもちで美味しかったです。

もちもちパッタイ

もちもちパッタイ

なお、フードコートのすぐ近くに懐かしのデイリークイーンがあり、名物の「逆さにしても落ちない」ソフトクリームを久しぶりにいただきました。

逆さにしても落ちないデイリークイーンのソフトクリーム

逆さにしても落ちないデイリークイーンのソフトクリーム

洋食(イタリアン、ロシア料理、洋食)

Capannina by Limoncello
30/9 Moo 2 Kata Road T Karon A. Muang

バジルが載ってないマルゲリータ

バジルが載ってないマルゲリータ

日本人に人気のお店のようですが、私はいま一つでした。パスタはうどんみたいに太く、好みがわかれそうです。あと、バジルが載ってないマルゲリータって初めて見たんですが、載せ忘れだったのでしょうか。。

Spice House
98/70 Kata Rd, Karon, Phuket 83000, Thailand

看板娘(息子?)のチェブラーシカ

看板娘(息子?)のチェブラーシカ

プーケットはびっくりするくらいロシア人観光客であふれています。リサが「これだけロシア人がいればロシア料理がおいしいに違いない」と思い立ち、行ってきたのが評判のSpice House。個人的には入口にチェブラーシカ(しかもホワイトバージョン)がいたのがツボでした。日本料理屋の前にドラえもんがいるような光景です(笑)。

酸っぱくないペリメニ

酸っぱくないペリメニ

ペリメニは酸味がなくて「これじゃない」感がありましたが、ビーツとニシン? のサラダは止まらないおいしさでした。

ボルシチとサラダ

ボルシチとサラダ

ソーダパンが好きなリサは、黒パンを注文し忘れて後悔してました。

Two Chefs Kata Beach
243 Koktanod

圧巻の300gリブアイステーキ

圧巻の300gリブアイステーキ

グリル&バーのお店。時間によっては生演奏もあって雰囲気のあるお店です。ここでは最後の夜にドーンと300gのリブアイのステーキをいただきました(二人で1皿ですが)。これが柔らかくて本当においしく、久しぶりに立派なお肉を食べた、という満足感が残りました。ちょっと残念だったのはテーブルが狭いのと、オペレーションがまわってなかったこと。テーブルは皿の大きさに比べて狭すぎて、窮屈でした。注文したものが出てくるのが遅いだけでなく、会計もだいぶ待たされた印象です。

その他

カタノイビーチのカフェ

Seaside

Seaside

私たちが滞在したのはカタビーチでしたが、一度歩いてお隣のカタノイビーチを覗きに行きました。そこにあったカタタニホテル内のSeasideというカフェがとても雰囲気のいい場所でした。明るい白を基調にしたオープンエアのお店で、内装もスマートながらちょっとかわいらしい雰囲気。家族連れが多くにぎやかですが、ここでお茶を飲みながらのんびりするのもよさそうでした。

タイのロールアイス

タイのロールアイス

タイのロールアイス

タイ発祥のロールアイス。以前シンガポールで食べたときは味がなくてかなりイマイチだったのですが(→当時の記事)、プーケットで食べたものは美味しかったです。ちゃんとミルクの味がしました。下記の動画はパッションフルーツを入れてもらっています。アイスに混ぜるフレーバーの他、ソースやクランチなどトッピングがいろいろあるのですが、最後に自分で好きなものをかけられるのも楽しかったです。屋台はあちこちにありましたが、どこも80THB(272円くらい)でした。

マンゴースティッキーライス

初めて食べたマンゴースティッキーライス

初めて食べたマンゴースティッキーライス

もち米にココナツソースをかけたものにマンゴーが添えられてるマンゴースティッキーライス。タイの定番デザートです。以前から気になってはいたものの、味の想像ができなくて手が出せないでいました。しかしせっかくタイに来たので、最後の最後に帰国時の空港で食べたところ、あまりに美味しくてびっくりしました! ちょっと塩気があるもち米と、甘いココナツミルクのコンビネーションが、日本のおはぎに似た感じでとても良く合ってました。加えて添えられたマンゴーで口がさっぱりします。これはまたぜひ食べたい……。

サーフィン

最初に書いたように、リサはバリ島の波のファンです。なので、プーケットに変更した際に少し悲しそうだったのが気になっていました。しかし、結果的に今回のプーケットのサーフィンはかなり楽しんだようです。

波を独占状態のプーケット早朝サーフィン

波を独占状態のプーケット早朝サーフィン

ネットの情報によれば、プーケットのサーフシーズンは雨季(5~10月)。今回の旅行は10月下旬だったので、まだ波があるか心配だったのですが、十分な高さだったようです。日差しが強くなければ私もビーチからリサのサーフィンを眺めているのですが、前回のバリ島旅行よりずっと波に乗れていたと思います。

バリに比べると少し物足りなさはあったようですが、リサのレベル(アッパー・ビギナーくらい)にはちょうどよかったかも、とも言っていました。また、混雑具合については申し分がなかったようで、他のサーファーと波を奪い合うストレスはほとんど無さそうでした。これに関しては日本(湘南や千葉)に比べると本当に「天国」だったようです。

バリが一番、という気持ちは変わらないものの、プーケットにもまた来たいと言ってました。

 

……最後は、現地で買ったもの、プーケットの人々の印象、かかった費用の内訳について書きたいと思います。

シンガポール発、4泊5日のプーケット・カタビーチ(1):お金のこと、SIM、移動など

プーケット、カタビーチ

先々週ですが、タイのプーケットに行ってきました。6月のバリに続き、またもや夫リサのサーフィン旅行です。
→バリ島の旅行記「シンガポール発、3泊4日のバリ島旅行記

長い記事になったので、3回に分けてアップしたいと思います。

なぜプーケット

プーケット、カタビーチ

プーケット、カタビーチ

本当はバリに再訪予定でした。しかし、ご存知の方も多いと思いますが、バリ島のアグン山に噴火の危険性があり、13万人もの人が避難しています。噴火した場合、飛行機が飛ばないなどの影響が懸念されました。旅行を計画していたちょうどその日にこのニュースの第一報が流れ、大事を取ってプーケットに行き先を変更しました。現時点で噴火はしていませんが、変に気をもむのは嫌だったし、行ったことがないプーケットに行けたのは私にとってはよかったです。

リサはバリだけでなくプーケットも経験済みです。だいぶ前に日本からのシンガポール出張のついでに、一人でサーフィンに来たことがあります。ただ、当時は今以上に下手だっただけでなく、波に恵まれなかったらしく、プーケットの波にいい印象を持っていませんでした。なので本当にバリに行きたかったようです。

レストランにいたお洒落ワンコ

レストランにいたお洒落ワンコ

ちなみに私もタイ自体は2度目です。前回来たのはもう10年以上前で、バンコク&パタヤ&チェンマイを現地のタイの友達と旅行したことがあります。だいぶ時間が経っているのに加え、プーケットはだいぶ雰囲気が違うので、新鮮な気持ちで今回の旅行は楽しめました。

行き先は日本人観光客に人気のパトンではなく、カタビーチ。これまたサーフィンのための選択でした。カタはパトンに比べると空港から遠く、買い物する場所も少なくて華やかさが欠けるそうですが、リゾートらしいまったりした雰囲気は良かったと思います。

お金のこと

飛行機と宿泊

バリ旅行と同じくAirAsiaGoというAirAsiaが運営する飛行機+宿泊のセットを利用しました。シンガポールとプーケットの往復とホテル4泊を二人分で914.21ドル(約75,000円)でした。為替の変動とホテルのランクの違いがありますが、前回のバリ旅行より1泊多いにも関わらず、ほぼ同額になりました。

カタビーチの夕暮れ

カタビーチの夕暮れ

現地でのお金

シンガポールで約400ドル両替しました。10月半ばのレートで410.68シンガポールドルが10,000タイバーツになりました。1,000バーツ(3,400円くらい)がちょうど10枚です。

現金は現地での食事、移動、買い物に使いました。ただ、今回はカードを使うシチュエーションも多く、高めのレストランとグラブ・タクシー、スーツの購入(詳細は後述)はカードで支払いました。

結果、現金はそこそこ残りました。両替商はあちこちにありましたが、現地で両替することはなかったです。

プーケットの物価の印象

今回使ったお金の内訳は最後に書きますが、とにかく交通費が高かったです。バリはもちろん、シンガポールより高かった印象です。(以下、日本円は1タイバーツ3.4円、小数点以下は切り捨てで計算しています。)

例えば、空港からカタビーチまでは1,000バーツでした。日本円では3,400円ほどですが、現地の感覚では10,000円くらいです。また、暑くてほんの少しの距離をトゥクトゥク(軽トラのタクシー)で移動したところ、200バーツ(680円)もしました。東京のタクシー初乗りより高いという……。

トゥクトゥクが軽トラでかつ爆音スピーカー付きで驚いた

トゥクトゥクが軽トラでかつ爆音スピーカー付きで驚いた

観光客向け価格なのかもしれませんが、たいした移動もしてないのに移動のために合計1万円以上使いました。リサはレンタカー借りた方が安かったかな、と言ってましたが、場所によっては道が狭くて運転が大変そうだったので、高くても現地タクシーに頼るのは致し方ないのかと思いました。ちなみに、3回くらいGrab(グラブ)を使いました。便利で快適、かつ少し安かったです。

一方で、食べ物や日用品は安かったです。日本やシンガポールの3分の1くらいでしょうか。以下はスーパーで買ったものの価格例です。

  • マダム・ヘンの石鹸(33THB=約112円)
  • ココナツチップ(8つ入りで199THB=約676円)
  • キッチュなメモ帳(10THB=約34円)

また、地元スーパーでのフードコートの値段はこんな感じでした。

  • パパイヤサラダ(50THB=約170円)
  • チキンライス(55THB=約187円)
  • 海老パッタイ(65THB=約221円)
  • ジュース(22THB=約74円)

最後の夕食はどーんと立派なステーキをいただいたのですが、それでも二人で5,000円くらいで済みました。

コンビニやスーパーでは、そこそこ品質がいいものが(日本やシンガポールの)3分の1くらいの価格で売っているので、あれこれ買いたくなってしまいます。また、レストランでの食事もシンガポールほどメニュー選びに慎重になりませんでした(笑)。

プーケット国際空港到着後について

それほど大きくない空港なので、迷うことはなさそうでした。到着ゲートを出たら、プリペイドSIMを買う通信会社のカウンター、ホテルまで移動するタクシーのカウンターはすぐに見つかりました。

プリペイドSIMを買ったカウンター

プリペイドSIMを買ったカウンター

プリペイドSIM

true move Hという通信会社のプリペイドSIMを空港で買いました。7日間、4G、容量無制限で199THB(約676円)でした。他の会社のものや街中の値段と比較していませんが、速度にも容量無制限だったことにも満足しています。SIMの交換から設定まで、カウンターですべてやってくれます。

プリペイドSIMの値段表

プリペイドSIMの値段表

空港からホテルまでのタクシー

タクシーでカタビーチまで1000THB(約3,400円)でした。カタビーチは遠くて誰も行きたくないのか(笑)妙に待たされましたが、無事載せてくれるタクシーがありました。なお、運賃は一律この値段で決まってると聞きましたが帰りはグラブを使って930THBだったので、ほかの手段でもう少し安く行けるのかは不明です。

プーケット国際空港から各地へのタクシーの運賃表

プーケット国際空港から各地へのタクシーの運賃表

 

その2の「ホテル、食事、サーフィン編」に続きます。