母乳が出ない……母子分離、NICU通い母の母乳苦労話(1)

   

先日、NICUに産科の執刀医の先生が来ていました。娘ヨーちゃんの保育器にも寄ってくださって、一か月検診以来、久しぶりにお話しできました。

すでに出生体重から二倍以上に成長しているヨーちゃん。先生に取り上げていただいたとき、手のひら二つくらいでしたよね、とお話したら、先生も「このくらいでした」と手を二つすくうように合わせていました。実際に取り上げていただいた手を見て、その大きさを思い出すと、今の成長した姿に嬉しさで胸が熱くなります。

出生時のヨーちゃんは手の平2つくらいのサイズでした

出生時のヨーちゃんは手の平2つくらいのサイズでした

さて、切迫早産で小さく生まれた娘ヨーちゃんは、まだ直接おっぱいを飲むことができません。なので、私は出産後から搾乳を続け、その母乳を冷凍してNICUに届ける日々を送っています。

ヨーちゃんは毎食ほぼ全量しっかり消化してくれるし※、体重増加も順調。とても搾乳し甲斐がある赤ちゃんです。

しかし、1日8回の搾乳はいまだに辛く、2時間×2回の睡眠では完全に寝不足。深夜早朝はもちろん、面会から帰宅した後の搾乳も疲れており、搾乳機をつけたまま寝落ちすることもあります。(ひどいときは搾乳中に机に突っ伏し、よだれまで垂らしていました。。)

今回は、これまでのNICU通い母としての搾乳の様子や母乳苦労話を、つらつら書いてみたいと思います。

※看護師さんが毎食前に胃の中の母乳残存状態を確認しています。


「もらい母(もらいぼ、もらい乳)」の衝撃

入院3日目、まだ母乳が一滴も出なくて悩んできた時、NICUで衝撃的な話がありました。

赤ちゃんに母乳をあげる必要があるが、お母さんの母乳がまだ出ないので、他のお母さんの母乳をあげていいですか? ……とのこと。

私が母乳を出せていないのは事実だし、赤ちゃんに栄養を与えなくてはならない状況もわかるのですが、「他のお母さんの母乳を与える(もらい母)」という選択を求められたことに衝撃を受けたのです。

1,000g以下で生まれた超低出生体重児は、粉ミルクの消化が難しいそうです。なので、ヨーちゃんの病院では、お母さんの母乳がない場合は院内でもらい母をするということでした。

断ったら他にどのような選択肢があるのかは聞きませんでしたが、やむを得ないという状況と感じ、お願いすることになりました。

海外だけでなく国内にも母乳バンクがあることは知っていたので、世間で母乳を融通することがあることは認識していました。しかし、まさか自分の娘が人様のおっぱいをいただくことになるとは想像もしていませんでした。

とても複雑な気持ちで、母乳をくださったお母さんには本当に心から感謝しているのですが、一方で自分のおっぱいをあげられなかったことについての辛さが、半端ありませんでした。

もらい母の切なさ

もらい母の切なさ

この辛さが功を奏したのか、よっぽど悔しかったのか(笑)、母乳が出始めたのはこの話があった翌日でした。しかし、ヨーちゃんが飲むだけの量をすぐに出すことはできず、数日はもらい母をしておりました。

母乳を胃管に注入するシリンジ(注射器のようなもの)に、名前や容量を書いたシールが貼られているのですが、いただいた母乳の時は「もらい母」と書かれています。それを横目で見るたびに、母乳分泌を頑張ろうと強く思いました。

なお、提供者のお母さんはどなたかわからないままだったので、直接お礼を言う機会はありませんでしたし、そういうものなのかもしれません。

また、体重が1,000gを超えたとき、おっぱいが足りない場合は新生児用の粉ミルクを飲んでもいいとのお話が先生からありました。(今のところ足りているので、粉ミルクはまだ飲んでいません。)


乳管開通までの4日

切迫早産体験:出産後の入院生活(2)」にて書きましたが、私は初乳が出るまで4日もかかりました。

母乳マッサージをしていただいている地元の助産院の先生の経験では、年齢が関係しているだろうとのことです。若い人は出産翌日には胸がパンパンに張るそうで……。年齢相応の反応だったのかと思うと、それなりに納得です。

また、赤ちゃんに吸ってもらえないというのは、母乳分泌において大きなハンデです。搾乳のみの場合、回数を減らすと分泌が減ってしまう、下手すると母乳が完全に止まってしまうと警告を受け続けています。入院早々、「当面の目標は直母の日まで分泌を維持すること」と言われておりました。

さて、私が出産した病院は、母乳育児を推進するいわゆる「おっぱい病院」です。なので、出産翌日から、母乳については厳しい(手厚い)指導がありました。助産師さんが検温、血圧測定などなどでベッドに来るたびに、おっぱいマッサージとチェックがありました。

私は勉強不足だったため、痛いマッサージも、自分でやるマッサージも、されるがまま、言われるがままにやっていました。助産師さんのマッサージは逃げ出したいくらい痛かったです。なのに、母乳が出るなんて信じられないくらいおっぱいは無反応でした。

3日目の助産師さんは特に熱心で、これまで手でぐりぐりやるのみだったのを、初めて電動搾乳機によるマッサージを試させてくれました。また、体を温めるためにフットバスも用意してくれました。しかし、この日も母乳は出ず……。

運命の4日目。この日は朝、胸の重みと痛みを感じながら目を覚ましました。明らかに今までになかった感覚。「もしやこれがおっぱいの張り?」と思いました。

乳管が開通した日の朝

乳管が開通した日の朝

そして昼間の担当助産師さんが根気よく私のマッサージの仕方を確認し、ようやく「じんわ~り」とおっぱいが出始めたのでした。乳管が開通したのです。

この時出たおっぱいは、ほんの数滴。助産師さんが綿棒を持ってきてくれて、「これを赤ちゃんにふくませてきてください!」と綿棒に染み込ませてくれました。

私も嬉しくて、慌ててこの綿棒一本片手にNICUに飛び込んでいったのですが、渡されたNICUの看護師さんは困惑していました……。剥きだして衛生状態が不明だったからでしょうか。もしくは生後間もなかったので綿棒塗布が難しかったのか。いずれにしても、その綿棒がどうなったかは不明です……。

遅いスタートでしたが、ようやく私の搾乳の日々が始まりました。なお、この日の時点でヨーちゃんが飲んでいた母乳は0.5cc×4回の2ccでした。今思い返すと本当に少ないのですが、この2ccすらも出なかったのが現実でした。


電動搾乳機による搾乳

乳管が開通した日、助産師さんに絞っていただいて少しずつおっぱいが出るようになりました。

おっぱいは本来、哺乳瓶や母乳バッグに入れてNICUに届けるのですが、私は搾乳量が極端に少ないため、どちらも容量が大きすぎました。そこで助産師さんが、スピッツという蓋つきの試験管のようなプラスチック容器を用意してくれました。こちらの容量は10ccです。

母乳の容器、スピッツと母乳バッグ

母乳の容器、スピッツと母乳バッグ

自分ではまだうまく搾乳できなかったので、助産師さんがスピッツにおっぱいを絞ってくださり、3回の搾乳で各数ccの母乳を3本用意することができました。開通翌日のお昼から、ようやく私の母乳の注入が始まったのです。(数日は途中で足りなくなり、もらい母していましたが……。)

手絞りだけでなく、電動搾乳機による搾乳も始まりました。本体は前日にマッサージ用にすでに借りていたので、哺乳瓶洗浄用のスポンジ、消毒キットを追加でお借りしました。

ちなみに搾乳機は、メデラ社のシンフォニーです。電動搾乳機ってメデラ一強のイメージなので、他はよく知りませんが。

メデラのシンフォニー

メデラのシンフォニー

母乳の分泌量がとにかく少ないので、手絞りで提出分を確保しつつ、搾乳機でも刺激するというスタイルでした。時間はかかるし、回数も多いので入院生活後半の大半は搾乳をしていた気がします。

退院後は、メデラのスイングを購入しました。携帯用の小さいシングルポンプの電動搾乳機です。哺乳瓶の消毒にはミルトンのセットを購入。スポンジ、洗浄用洗剤、消毒液用錠剤、容器が一式セットになっていて、あれこれ調べている時間がない私には便利でした。ただ、洗浄用洗剤は後日ヤシの実洗剤に変えています。

スイングは片方ずつしか搾乳できないので、5分ずつを3セット(30分)やっていました。しかし、両方同時のダブルポンプの方が分泌が良くなるのに加え、搾乳時間が半分で済むため、途中でシンフォニーのレンタルに切り替えました。

以来、自宅でもNICUの授乳室でも、シンフォニーのダブルポンプで搾乳しています。

なお、搾乳量が10ccを超えるようになるまで2週間かかったので、退院後はスピッツを病院で購入していました。(1本60円でNICUにて購入。退院時に精算することになっています。)

分泌が増えてから母乳バッグに切り替え。50~150mlのバッグを購入しましたが、入院中にヨーちゃんの飲む量が50mlを超えることはなさそうなので、大容量のものは使わないまま退院しそうな気がしています。

 

母乳が出ない……母子分離、NICU通い母の母乳苦労話(2)」に続きます。

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