切迫早産体験:救急外来、緊急入院、救急搬送……そして緊急帝王切開による出産まで(2)

   

切迫早産体験:救急外来、緊急入院、救急搬送……そして緊急帝王切開による出産まで(1)」の続きです。

出血に不安を感じ、夜、通院先の救急外来を受診したところ、そのまま緊急入院に。さらに翌朝には救急車で別の病院に転院搬送されることになりました。


救急車で転院先へ

ストレッチャーで病院を出たとき、仰向けだったので、空が見えました。少し暑くなり始めた頃で、お天気に恵まれたこの日は日差しがまぶしくも空が高く、その色がきれいだったのをよく覚えています。自分の置かれてる状況を一瞬忘れたあの空の色は、ヨーちゃんを産んだ日の暖かい思い出の一つです。

救急車には夫リサのほか、病院の先生が付き添ってくれました。どうやらこういった救急車による転院搬送には医師の同乗が原則必要のようです。

初めてお会いする先生で、搬送中、何度か胎児の心拍を確認してくださいました。そして、これまでのこと、これからのことを改めて整理したくお話をした時、

恐らく、今日取り出すことになると思います

と言われました。

前述のように、私は帝王切開になることを考えていませんでした。少なくとも、すぐに手術となるわけではなく、転院先で様子を見たのちに決定すると思っていたのです。

それがこの一言で、つまり、これから赤ちゃんを取り出す可能性が非常に高いことを告げられたのでした。

私はびっくりして、その時に何か言ったかは覚えていません。

ただ、はらはらと涙が止まらなくなりました。

救急車の中で泣いてしまった

救急車の中で泣いてしまった

昨晩の緊急入院からこの時まで、あまり事態を深刻に受け止めていなかったというか、よく理解していない状態でいました。それがここで初めて、自分が切迫早産という状況に身を置いていることをしっかり認識したのです。

恐らく、母である人は誰でもそうだと思うのですが、自分の体云々より、赤ちゃんが心配で頭が真っ白になり、そして感情より先に涙があふれ出てきたのでした。

仰向けのまま無言ではらはらと涙を流し続けていたら、心配した先生が

大丈夫ですよ。今は小さく生まれたお子さんもちゃんと育ちますから

と言ってくださいました。この一言にはとても勇気づけられ、私はその後あまり悲観的になることなく済んだと思います。


転院先の病院に到着。そして帝王切開の決定

救急車はサイレンをながらしながら一般の車を蹴散らし、あっという間に転院先の病院に到着しました。

ガラガラとストレッチャーごと院内に運ばれ、エレベーターに乗り、あれよあれよという間にその病院のLDR室(陣痛・分娩・回復室)のベッドに乗せられました。そして部屋には、すでに多くの医療スタッフの方たちが準備をしていました。

同乗してくれた先生が「頑張って」と声をかけて帰られた後は、これまた怒涛の展開です。

医師は3名登場。2名が産科医、1名が麻酔の先生でした。

看護師・助産師さんは人数がやたら多く、そして皆さんホスピタリティが高いのが印象的でした。全員が異口同音に「突然のことで驚いたと思いますが、大丈夫ですよ」と私の気持ちを気遣ってくれました。産科の先生の一人とは握手をしました。

採血、血圧、検温、内診やエコー。また、点滴の形が(前の病院のものと)違うという理由で、点滴のルートを再度入れなおされました。看護師・助産師さんたちにされるがままです。着替えはどうされたかよく覚えていませんが、手術着に変えてもらったように思います。

ここから手術に至るまでのプロセスの記憶があいまいなのですが、帝王切開しない可能性も多少あったようなのですが、もろもろの検査後すぐに決まったという印象でした。

帝王切開の説明書類

帝王切開の説明書類

というのも、後日、この時の入院時診療計画の書類を見たところ、張り止めをしながら安静にして様子を見るという内容になっていました。この書類は事前に作成されたもので、私の同意のサインはなく、帝王切開が決まって不要になったものと思われます。

つまり、救急車に同乗した先生が言っていた通り、「このまま取り出す」という可能性が非常に高かったのが、ほとんど時間を置かずに現実になったのでした。手術しないという可能性に多少の期待がなくもなかったのですが、この決定には「あー、やはり」という気持ちでした。

震える手で帝王切開や必要時の輸血についての同意書にサイン。

ここまででもう何度も思考が停止しており、この時も頭が真っ白。泣いたりわめいたりなどはしていませんが、ある意味混乱状態した。何かを判断する気力がなかったのですが、それは覚悟を決めた状態でもあり、まさに「まな板の上の鯉」でした。すべてをその状況に委ねたのです。


帝王切開で出産

予定帝王切開の場合、妊婦さんは自分で手術室に向かうと聞いたことがありますが、緊急帝王切開の私はストレッチャーで仰向けのまま運ばれました。

時刻はお昼前くらい。前の晩、救急外来を受診してから12時間ほどで、今自分が手術台に乗っている状況が信じられません。

手術は麻酔から始まりました。麻酔の先生がとても説明が丁寧で、かつわかりやすくお話しされる方で、私はこの先生と話しているだけで気持ちが落ち着いたのを覚えています。

最初に打つ局部麻酔はそれほど痛くなく、その後続いた腰椎麻酔は奥まで針が入ってくる感覚は気持ち悪かったものの、局部麻酔がしっかり効いていたので痛みはありませんでした。

麻酔は下半身のみです。胸や下半身などに保冷材をあて、「冷たいですか?」と聞かれることで麻酔の効いている場所を確認してくださいました。麻酔は適切な場所に問題なく効いていました。

そしていよいよ手術の開始。

前述のとおり、麻酔は下半身のみなので意識はしっかりあります。恐怖や悲しみ、驚きや混乱などにより頭の中を空っぽにしていたので、細かいことは覚えていませんが……。

帝王切開中

帝王切開中

事前の説明によると、麻酔により痛みは感じなくなるものの、引っ張られている感覚はあるとのこと。実際そのような状態でした。

手術中のことで覚えているのは、切開箇所の毛を剃られたこと、肉が焼けるにおいがしたこと、そして下腹部がぶにぶにと左右に引っ張られる感覚でした。

剃毛は当然なのですが、やはり照れ臭かったです。後から見たら切開部付近の最低限の箇所だけ剃られていました。

怖かったのは匂いと、そして手術の感覚です。できるだけ意識しないよう、頭を空にしようとしていましたが、匂いで電気メスにより自分の肉が焼かれている状況を想像してしまったし、下半身が揺れるたびに何が起きているのかを考えてしまいそうでした。

そんな時、気づいたら夫が隣にいました。大変ありがたいことに、帝王切開の立ち会いが可能な病院だったのです。しかも、通常立ち会いできない緊急帝王切開だったにも関わらず、立ち会わせてもらったのでした。(夫曰く、そもそも断れない雰囲気だったそうですが……。)

何かにすがりたい、気を紛らわせたい状況だったので、手術中にただ手を握ってもらえただけでもとても嬉しかったです。

また、術中に麻酔の先生が私の頭の方に座っていたのですが、前述の通りなにかそばにいるだけでとても落ち着く存在の先生だったので、私にとって勝手に精神的な守り神様のようになっていました。

手術開始早々にヨーちゃんを取り上げてもらいました。残念ながら私はその瞬間は認識できませんでした。小さく生まれたヨーちゃんは、私たちに聞こえないくらいの小さな声を出したらしいのですが、その後、自力の呼吸が難しいため声が出せなかったようです。(実は少し声を出した、というのは後から聞きました。)

その後NICUでお世話になる新生児科医の先生が、ヨーちゃんの蘇生処置をしてくださり、気づいたら「赤ちゃんですよ」とコッドに入ったヨーちゃんが少し遠くにいました。

私は視界の端に捉えるのが精いっぱいだったし、先ほどまでお腹にいた赤ちゃんが目の前にいるという状況が現実として受け止められなく、ぼんやりとしたシルエットしか覚えていません。

この時夫は触らせてもらったそうですが、やはり混乱していたらしく、当時のことはよく覚えていないそうです。

手術ですが、赤ちゃんを取り出しただけでなく、子宮筋腫もその場で切除してもらったことを後から知りました。(小さな石灰化した筋腫もちでした。今回の切迫早産とは関係ありません。)

その処置も含め、手術時間は1時間弱でした。

その場にいたスタッフの皆さんが口々に「おめでとうございます」と声をかけてくださいました。ただ、申し訳ないのですが、私も夫も「おめでとう」という言葉はこの時あまりしっくりきていませんでした。


手術の終了。そして入院

手術後はしばらくそのまま手術室で安静でした。

前の晩からのどの渇きに苦しんでいましたが、この時も精神的に参っていたこともあって口が水分を欲していました。

そのことをブツブツ訴えていたら、誰かに怒られたのを覚えています。手術の前後は飲食一切禁止というのを知らなかったので、つい訴えてしまったのですが……。

しばらくして、ベッドに移され、そのまま病室に運ばれました。

手術前に個室か相部屋かの希望を聞かれていたのですが、こんな事態で高額な個室を希望するわけもなく、入ったのは4人部屋です。

しかし、飛び込み妊婦だったにも関わらず、眺望が開けた窓側のベッドに入れてもらえました。入院中に看護師さんからも「ここになったのはラッキーですね」と言われたような当たり部屋(ベッド)でした。

私は8日間入院することになりました。

また、娘のヨーちゃんはNICUに運ばれました。私が改めてヨーちゃんに会ったのは、手術翌日でした。

→「切迫早産体験:出産後の入院生活(1)」に続く。

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