切迫早産体験:救急外来、緊急入院、救急搬送……そして緊急帝王切開による出産まで(1)

   

私の切迫早産による出産体験を書きたいと思います。何もかもがあっという間に起き、今でも当時のことが夢だったのじゃないかと思うくらいの出来事でした。

そして、実はいまだに「出産した」という実感が持てないでいます。帝王切開だからなのか、切迫早産で急だったからなのか、私にとって唯一のお産なのでわかりません。

なので、わが娘ヨーちゃんを見ていると、まるでお腹にいた子どもが突然目の前に現れたみたいで、時々不思議な気分になります。

突然目の前に現れた娘

突然目の前に現れた娘

出血と張り。救急外来の受診

私の妊娠生活は、概ね順調でした。つわりはつらかったものの、妊娠初期は特に懸念事項もなく過ごすことができました。

中期では、胎児スクリーニングで少し心配な事象がでてきました。しかし、気になる点がありながらもヨーちゃんはすくすくと成長を続け、検診で見ていてくれた先生も問題はないかもしれないと考え始めていました。

切迫早産の日はそんな矢先にやってきました。

夫リサと二人で外出していたその日、ごくごく少量の出血がありました。それまで出血したことがなかったので、気にはなったものの、本当にうっすらとしたものだったので様子を見ることにしました。

しかし、夜になっても出血が続きました。すでに大きく、時々苦しさを感じていたお腹も、気持ちいつもより苦しく感じました。

お風呂に入ろうと、トイレに行ったとき、やはり明らかな出血があり、急に不安になったのです。とりあえずネットで検索したところ、この時期の出血はどんな出血も問題がある可能性が高いという記載がありました。

時刻はすでに22時を過ぎたころでしたが、リサに相談したところ、念のため通院している病院(大学病院)に連絡してみようということになったのです。

代表電話に電話をして状態を伝えると、産婦人科にまわしてもらえました。当直の医師の方が直接対応してくださったのですが、そこで「今すぐ来てください」と指示を受けたのです。

症状は少量の出血と、若干のお腹の痛み。破水したとか、ひどく苦しいとかいった症状はなく、体も動いたので、すぐに病院に来いという指示に少し気が動転し、「今からですか?」と裏がった声で返してしまいました。

正直、この時点でまだ事態がどれだけ深刻なのかまったく理解していなかったと思います。財布と診察券・保険証、化粧ポーチくらいの荷物でリサと二人、タクシーで病院に向かいました。



病院では、救急の窓口でまず血圧と体温を測りました。そして産婦人科の病棟に移動しました。

この病院では外来で検診を受けていましたが、診療棟に足を踏み入れるのは初めてです。分娩室に通され、分娩台で診察を受けることになりました。診察のために分娩台に乗った、というのが妙に新鮮な気分だったのを覚えています。

分娩台で診察

分娩台で診察

夜の静かな分娩台で、エコー、内診、そしてNST(ノンストレステスト)を受けました。

週数的にNSTを受けるのは初めてだったのですが、勉強不足だったため、いったい何を見ているのか理解していませんでした。

しかし、このNSTで初めて私が分かったのが、それまで胎動だと思っていたお腹の動きが、「張り(子宮収縮)」だったということです。赤ちゃんが動いてちょっと苦しいな、と思っていた症状が、張りとして数値に出ていました。

大学病院での緊急入院

分娩室にもう二人医師の方が現れ、診察の結果、即入院を言い渡されました。

また気が動転してしまいましたが、どうにも状況を受け入れるしかありません。看護師さんに案内されるがまま車いすに乗り、MFICU(母体胎児集中治療室)に運ばれて行きました。(ちなみに大丈夫、と自分で歩こうとしたら怒られました。)

MFICUは、トイレとシャワーがついたちょっと広めの普通の個室の病室に見えました。とは言っても、ICUなので、当然ほかの病室とは設備が異なるのかと思われます。

入院をまったく想定しておらず、何の準備もしてこなかったので、パジャマはその場で病院のレンタルを利用しました。

着替えの後、採尿、採血、血圧測定、検温がありました。また、記憶があいまいなのですが、ここでNSTを受けながら、張り止めの点滴が始まったと思います。

この時点ですでに時刻は深夜1時くらい。呆然とする私と呆然とするリサ。ここまで付き添ってくれたリサは、とりあえず一度帰宅することになりました。

そして私は一晩、この病院で過ごしたわけですが、ほとんど眠れなかったのが実情です。点滴をしているし、お腹にはNSTのセンサーがついているので、ベッドの上であまり動けなかったのでした。

おまけに、もともと非常に喉が渇きやすいのに、水を飲むのはすでに禁止。この喉の渇きは手術後までかなり苦しめられたことの一つでした。(本当に水分が必要というより、精神的に参った。)

また、結局朝まで張りが収まらなかったので、NSTでまずい反応が出るたびに先生や看護師さんが駆け込んできて、不安でおちおち寝ていられませんでした。


転院確定。救急搬送される

胎児と私の頻脈(心拍数が高い)、私の発熱、血液からみる炎症反応、そして収まらない子宮収縮。明け方、先生から転院の決定と転院先の病院を告げられました。

点滴による症状の改善が見られないので、もし帝王切開することになった場合に備えての転院決定でした。

実は前の晩からこの病院のNICUが満床のため、転院の可能性がある旨は伝えられていました。ただ、私が切迫早産についてあまりにも無知だったため、これから何が起きるのかをほとんど理解していなかったので、なぜ転院なのか完全に理解していなかったのでした。

受け入れをしてくれたのは、私も名前は知っている有名病院でした。お高いイメージがあったので、一瞬費用のことが頭に浮かびましたが、四の五の言っている状況ではありません。心の中で夫リサに詫びつつ、転院に同意するしかありませんでした。

昨晩つけっぱなしだったメイクを、リサに買ってきてもらったメイク落としで慌てて落とし、バタバタと病室の荷物をまとめます。

そうこうしているうちに部屋の入口に救急隊員が到着。

そう、転院先には救急車で運ばれるのでした……。救急車で運ばれる、というシチュエーションも、想定外で、ただただ身を任せていた状況でした。

廊下でストレッチャーに仰向けになり、そのままガラガラと運ばれて救急車へ。

部屋から出るとき、心配した助産師さんが「頑張ってね、戻ってこられるといいね」と言ってくれたので、「ありがとうございます(涙)。しれっと帰ってきたいです……」と答えたのを覚えています。

この時点で、私はまだ帝王切開にならない方に賭けていました。賭けていた、というより、自分の状況をよく理解していなかったのと、そう信じたかっただけかもしれません……。

→「切迫早産体験:救急外来、緊急入院、救急搬送……そして緊急帝王切開による出産まで(2)」に続く。

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