聞きたい愚痴と聞きたくない愚痴

   

私は人の話を聞くのがうまくないのですが、それでも人の愚痴を聞くことがあります。

人の愚痴を聞いていて感じるのが、聞きたい愚痴と聞きたくない愚痴ってのが結構分かれるということ。で、不思議なのが、その両者の違いが自分でわかりそうでわからないことです。

たぶん、後ろ向きな愚痴は聞きたくないというの基準はあります。後ろ向きっていうのは、卑屈だったり、悪意があったり、単なる誰かの悪口の羅列の愚痴。ガス抜きは大事ですが、そういう愚痴は自分に余裕がなかったりすると聞いていて疲れてしまいます。

じゃー、聞きたい愚痴ってなんだろう、と。ポイントは、「聞いていられる愚痴」ではなく、「聞きたい愚痴」ということです。

よくわかってないのですが、それは自分が乗り越えた悩み、もしくは自分と同じ悩みに対する愚痴かな、という気がしてます。自分が同じ悩みを乗り越えた経験があれば、自分の話が参考になるかもしれないし、今自分が悩んでることだったら、一緒に解決の道を探れるかもしれない。特に後者は、一緒に前に進める感じがするのです。普通に会社勤めしている人同士だと、それなりに似たような悩みをもってること多いしね。

ところで、愚痴を笑いにできる人っていますよね。あれは聞く人の負担を軽くするので、そういうセンスは愚痴を聞いてもらうのに重要かと思います。まぁ、あと、愚痴を言ってる時は「愚痴を言ってる自覚」みたいのも大事かと思います。じゃないと知らず知らずのうちに周囲の人に負担かけてたりするしね。(もちろん、甘えていい人には甘えましょう。)

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