ワガママ

   

ワガママってのは他人に心に映る評価であって、だから他人のワガママは誰もが感じるはず。(自分のワガママのために他人の行為をワガママと捉える場合は除く。)

私は家族や友達に「ワガママ」と言われて育ったので、ワガママを自覚していて、時々とても客観的に自分のワガママを見ることができます。残念ながらまだワガママな性格は直りませんが、自覚があるのとないのは大違い。その後の行動に差が出ます。ワガママを自覚できない人は軌道修正ができないからです。だから、自分のワガママを気がつかない人は、周囲はその人との関わりを避けるし、あまり友達もいない。

…高校生のとき、とても仲が良かった友達が正面から私の顔を見て「それはあなたのワガママ!」と叫んだことがありました。言われた瞬間はショックでしたが、自分のワガママを自覚できて、なんだかすごく心が洗われた感じがしました。

ワガママに限りませんが、自分の間違ったことを指摘してくれる人たちはとても大切です。家族はもちろん、友達でそれを言ってくれる人は大切にしたいです。一方で、誰もそれを言ってくれる人がいない環境で育った人はあまり幸せだとは私は思いません。結局、そこまで踏み込んだ関係を人と構築してこられなかった人たちだと思います。

まぁ、ワガママな人がいる一方、他人のワガママを受け入れられる寛容な人、言い意味で無関心に流せる人たちはいるので、ワガママな人たちはそんな人たちの中で生きてるんだろうなとは思いますが。(ある意味自分もそうかもしれないし。)

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